映画|アメリカン・ドクターX|American Mary
勉強熱心な医大の女子大生がアングラ変態世界に足を踏み入れたら、そっちになじんじゃったよという話。キャサリン・イザベル、アントニオ・クーポ、トリスタン・リスク。監督Twisted Twins(ジェン・ソスカ、シルヴィア・ソスカ)。2012年。
メアリー・メイソン(キャサリン・イザベル)はカワイコちゃんの貧乏医大生。外科医になるのが夢。
貧困にあえぐ彼女は支払いに困り、不本意ながら、ストリップバーの求人に応募する。バーの経営者、ビリー(アントニオ・クーポ)という男に会う。
おっかなびっくりの面接をやっていたらば、血塗れの重傷者が担ぎ込まれ、急きょ予定変更となり、ストリップでなくモグリ医者仕事を頼まれる。いうとおりにやったら5000ドルをもらえてびっくり。
じつに幸運な話だが、平凡な女子大生には刺激が強過ぎたようであり、金を得た喜びよりもおそろしさの方が大きく、家に帰ると泣きながらシャワーを浴び、一晩じゅうバットを握りしめ、眠れぬ夜を過ごした。
この日以来、彼女の人生は変容する。日常に裂け目が生じ、めくるめくアンダーグラウンド世界が彼女の前に立ちはだかる。その始まりはベアトレス(トリスタン・リスク)なる女の襲来であった。ギョギョギョ。
ベアトレスは整形マニアであり、異様な眉毛メイクがひときわ目を引くポップさであり、その姿は『アニメ声でキンキンしゃべる、ベティ・ブープになりたがっている鈴木その子』といった雰囲気の怪女であった。
この女は例のストリップバーで働くストリッパーであり、外面は奇人であるものの、害意などはなく、無邪気な女であると後々わかるのだが、初めて出会ったメアリーにとっては、得体の知れない宇宙人のように見えたことだろう。
ベアトレスは医大生のメアリーを「メイソン先生」と呼び、その口調は最上級の丁重さであると同時に、願いが聞き届けられるまでは一歩も引かぬといった決意がうかがわれた。メアリーはトラと対決するきもちで話を聞いた。ベアトレスは「あたしの友達に手術をしてやってほしい」と用件を述べた。
メアリーは渋々ながら患者に会う。したらこんどのモグリ仕事は整形手術であった。ルビー(ポーラ・リンドバーグ)という女はデザイナーであると名乗り、自身のデザイン哲学をぐだぐだとしゃべり「わたしは人形になりたい」と述べ、最後に具体的な希望を述べた。
メアリーは彼女のリクエストに応じ、乳首を切除し、マンコを閉じる手術をした(オシッコはどうするのかわからないが、なにかうまくつくってあるのであろう)。これは拷問ではないから、麻酔をした上での話である。手術が終わると、ベアトレスは喜んで報酬をくれた。こんどは1万ドル。
世の中には『body modification』と呼ばれる変態世界があり、自らの肉体を整形したがる者がいる。こんな酔狂な嗜好を持つマニア層が存在するという点をメアリーは知るんだが、それは先の話である。このときは、よくわからないままに、相手の希望を叶えてやっただけだった。
2度もモグリ仕事をやり、しかもそのひとつはハードコアな変態さんの整形手術だった。こんな体験をした彼女はなんともいえず奇妙なきもちになる。手元に残ったドル紙幣は本物。だから夢ではないのだ。洋服を着て時計を見ながらせかせか歩くウサギを見たようなきぶん(という台詞はなかったが)。
なにはともあれ、お金の心配が消えたのはめでたい話である。彼女は「モグリ仕事は2度とやらない」と誓い、学業の日々に戻る。病院の研修にいったら担当の先生(クレイ・セント・トーマス)にいたく褒められ、外科医が集まるパーティに誘われる。きれいなドレスを着ていったら、酒を飲まされ、大学教授(デヴィッド・ラブグレン)にレイプされる。
後からわかったところによれば、レイプした張本人に加え、彼女をパーティに誘った医者も承知済みだったらしい。彼らはこんな調子で女子大生をコマして遊んでいる不良医者だった。
映画を観る私たちは彼女に深く同情すると同時に「外科医というのはなんと変態ぞろいであるか」という点に驚くだろう。レイプした教授は「外科医にはどんな些細な失敗も許されない」というのが口癖だったが、それだけならいいが、こんなこともいっていた↓
Dr. Grant: Everything else is forgivable if the work is good.
仕事の失敗さえしなければ、他のことはなんでも許される。
また、彼女をパーティに誘った医者はメアリーの手際を褒める折、ニタ笑いをしつつ、こんな発言をしていた↓
Dr. Walsh: Sometimes we call surgeons slashers. You must have heard that. You do develop a grim sense of humour when you cut into people on a daily basis. And the adrenaline rush you get from slicing into a human being may help you through your most sleep-deprived days. Works better than espresso.
外科医を『スラッシャー』と呼ぶのを聞いたことがあるでしょう。毎日毎日、人間の体を切り裂く仕事を繰り返していると、心の中に残忍な笑いが育まれる。アドレナリンがぐわーんと出てきて、それはもうエスプレッソよりも強烈だよ。わはは。
また、パーティで出会った別の医師(ネルソン・ウォン)はこんな調子↓
Dr. Black: I'm a fucking motherfucker. No, seriously, babe, I cut people up for a living! Cut, cut, cut, cut, cut!
ぼくは真性マザーファッカー!いやほんとまぢで。来る日も来る日も人間の体をズバズバ切りまくって、それでお金をもらえるなんて!ズバズバズバズバ!キャハー!
メアリーはこんな連中に取り囲まれ、酒を飲まされ、しまいにレイプされちゃったわけだが、そのまま泣き寝入りするような女ではなかった。復讐である。バーの経営者ビリーに報酬を払い、レイパー教授を拉致監禁。教授から教わった外科手術の手腕を用い、彼を不具者にした。ざまあみやがれ。
この日を境に、彼女はこれまでの人生に見切りをつけ、大学を去る。そしてアングラ整形外科医としてアングラデビューする。その胸の内奥でどんな化学変化が生じたのか、それは本人でなければわからないが、想像するに、こんなきもちだったのではないだろうか↓
世の中、どっちに転んでも変態ばかり。どうせならアングラの変態さんたちのほうがおもしろそうだわ。
復讐以後のメアリーは泣きべそをかいていた小娘とは思えない貫禄であり、緋牡丹博徒の富司純子みたいである。真相を知る少数の関係者はその変貌ぶりに驚く。彼らは彼女が教授になにをしたかを知っているから「この女を敵に回しちゃいけねえ」という強い印象を与えた。特に、ビリーは度肝を抜かれ、彼女に惚れてしまったようである。つまり、彼女が教授に対して行った行為は、復讐であると同時に、アングラ世界の住人たちへの挨拶状としての意味も果たしたのであった。
そうこうするうち、メアリーの知らぬまに、その存在はネットで情報交換をする変態さんたちの噂になっていた。それを聞きつけてやってきたのが、双子の金持ち変態姉妹(シルヴィア・ソスカ + ジェン・ソスカ)。
双子姉妹は「双子のつながりをより強固にしておきたいのだ」というような持論を長々と述べ、最後にこういった。「わたしらの左腕をチョン切って、取り替えっこしてほしい」そうな。さらに、用意したスケッチを渡し、顔にデコボコの模様をつけてくれという。
先のルビーといい、この双子姉妹といい、この世界の変態さんというのは、単に「〇〇してほしい」というだけでなく、なぜそれが必要なのかという点について、自分語りをするのがキメらしい。「医師ときもちを分け合いたい。これは儀式なのだから」という台詞はなかったが、そんな風に感じているみたい。なかなかおもしろい。
メアリーはこの手術でガッポリ大金をゲットし、自前のクリニックを開業する。この頃になると変態さんの嗜好がわかるんで、写真を撮ってウェブにアプしたり、メニューをつくったり、精力的なビジネスウーマンぶり。
そうこうやりながら、彼女はときおり秘密の地下室に行く。スケベ教授をなぶりものにするためである。彼は四肢を切断され、天上から吊るされている。口が縫われているから、悲鳴をあげる自由さえない。メアリーは彼を嬲る行為に耽溺する。
てわけで、彼女は紆余曲折を経て、やっとこさ、自分の居場所を見つけ、変態さんたちの相手をして幸福に暮らすようになるんだが、いつのまにやら、刑事(ジョン・エメット・トレイシー)が彼女の回りをうろつくようになる。彼は行方不明になった大学教授のことを調べているらしいです。
トレイラー動画
American Mary (2012) trailer
感想
『ドクター・アダー』の世界にいった『不思議の国のアリス』という雰囲気のホラー映画。ブラボー!この映画はサイバーパンクではないが、変態さん向けのカリスマ整形外科医といえばアダーさんだなと思ったから。
以前、こちらで書いた通り↓
私はこの映画の監督とキャストに惚れちまっているので、私にとっては『傑作の域』なんだが、まぁ、ファンじゃないひとはそこまで思わないだろうが、『良作』『怪作』くらいには評価して頂けるとおもいますよ。
Twisted Twinsの前作『Dead Hooker in a Trunk (2009)』を観たとき「このえもいわれぬ空気を瞬間冷凍してとっておきたい」と思ったものだが、その個性はこの映画にも通じるものがある。『めくるめく変態世界にいっちゃうカワイコちゃん外科医』というのが見どころだが、さりげない演出や会話などがとてもおもしろいよ。
双子姉妹がメアリーに会う場面。双子は「あなたはこの世界のセレブなんですよ」とうれしそうにいう。いわれたメアリーは困惑気味で「あら、そうなの?」と返す。すると双子は「心配なさらないで。doctor patient confidentiality(医者と患者の守秘義務)は承知しておりますわ。先生のプライバシーは守りますから、ご心配なくオホホ」というのである。
『医者と患者の守秘義務』というのは、通常、医者の言動を縛るものですよね。でも、ここではそれが逆になっている。会話がサラーと流れてから、あれれ、って思う。なんかおかしい。いまのはなに。みたいな。こんな細かいラインを書き出しているときりがないんだが、細部も凝っているから楽しいです。
前作に比べると洗練されているとはいえ、荒削りな部分がやはりある。映画をつくってるあいだに話を変えちゃってるんではないかと思われるような箇所があった。普通なら欠点だが、そこも含めていいと思う。いやほんと。ベタ褒め。この先もこの調子で突き進んでいってくださいと強く思うのであります。
この映画にはEXTREMEな変態さんがウジャウジャと出てくるが、『肉体を改変したがる』という変態ってほんとにあるんですよね。以下は余談だが、その究極といえるかどうか知らないが「不具者に性欲を覚える変態」とか「不具者に性欲を覚えるカレシを愛するがゆえに不具者になる女」とかさ。amputee lover、amputee fetishといったワードでぐぐるといろいろ出てきます。
私はそこまでの猛者には実生活で出会ったことがないんだが、もしそういうひとがいたらメールください。友達になりたい。なんかすごいじゃん。いろいろ聞きたいじゃん。
キャサリン・イザベルもよかったよ!かわいー!彼女がめんたま飛び出そうな顔で「ぎゃー!」とやるのが私は好きなんだが、この映画ではあまりそういうのはなかった。キャサリンちゃんもいつのまにやら年を食って、お姐さんキャラを演じるようになったんだなあとしみじみおもいました。
UK版Blu-Rayのオマケ
Blu-Rayのオマケはこれだけ↓
- Behind The Scenes
- An American Mary In London
An American Mary In LondonてのはロンドンのFrightfestの様子を収めたビデオ。どちらもおもしろいが、双子ばかりがわーわーしゃべっているから、キャサリンちゃんがあまり出てこないのである。あのなー。もうあんたらわかったから、女優にもちょっとしゃべらせろ。
ところで、この映画の最後に「For Eli Roth」と出るし、以前からTwisted Twinsのサイトにもイーライ・ロスの名前があったんだが、An American Mary In Londonの中でその点について触れていた。
前作『Dead Hooker in a Trunk (2009)』が完成した後、グラインドハウス映画で有名なひとたちに作品を送ったら、イーライ・ロスだけが返事をくれて「きみらの脚本を読ませろ」つって、いろいろ見せたら「外科医のネーチャンの話はイイじゃん」といってくれたそうです。だから恩人なんですね。プロデューサーとかそういうのでなく、ただの恩人てことらしいです。3人で集まってよからぬ遊びをやってるんでしょうか。
双子姉妹のお言葉↓
Jen Soska: Dead Hooker was really a get drunk, get high and turn your brain off kind of a movie. American Mary is a totally different beast.
Sylvia Soska: It was our love letter to grindhouse filmmaking, where this is more of a love letter to Asian and European cinema, which is our favorite.
『Dead Hooker in a Trunk (2009)』はグラインドハウス映画へのラブレター。『アメリカン・ドクターX (2012)』はアジア/ヨーロッパ映画へのラブレター。ていうんだが、どこがアジアっぽいといえば、医者のパーティの場面で大きなポスターがあって『欲』って書いてあった。あれはその後のシーンの双子の台詞の中の『desire』とカブっているのかなと思われ。また、姉妹がメアリーに渡したスケッチが日本の鬼みたいだった。アジア臭いといえばそれくらいしか思い出せないが、他にもなにかありましたかね。
この映画のUK版Blu-Rayは英語字幕つきです。みんなも観よう!
細かい話なんですが
気づいたのでメモ。最初の方の場面、メアリーさんが面接をやってるところにランスていう子分がきて「たいへんだ!」ていう。そのとき「Dr. Blackと連絡がとれなくなった!」ていう。その後、映画が進んで、医者パーティの場面。「Cut, cut, cut!」てわめいていた医者はBlackという名前であると明かされる。
という点からして、ブラックさんという医者はモグリのアルバイトをやってたんだなと思ったんだが、その後、彼が再び登場することはなかった。あれはなんだったのだろう。
Memorable Quotes
Ruby: No one looks at dolls in a sexual manner. Do you know why?
Mary: I don't know why... Guess it's 'cause they don't have all their parts.
Ruby: Exactly. You understand perfectly. A doll can be naked and never feel shy or sexualised or degraded. That's what I want.
Mary: Ok. I'm sorry. I'm not really understanding you.
Ruby: Just take these off, and seal up this as much as possible. Take off the extra bits too.
Dr. Walsh: You're gonna be a great slasher.
Mary: Pardon me?
Dr. Walsh: Sometimes we call surgeons slashers. You must have heard that. You do develop a grim sense of humour when you cut into people on a daily basis. And the adrenaline rush you get from slicing into a human being may help you through your most sleep-deprived days. Works better than espresso.
Dr. Walsh: Cunts and runts!
Dr. Black: I'm a fucking motherfucker. No, seriously, babe, I cut people up for a living! Cut, cut, cut, cut, cut!
Dr. Grant: Everything else is forgivable if the work is good.
Mary: Wanna make five grand?
Lance: Titties and shrimps?
Mary: I want you to know, if you're taking me someplace to kill me, I will fight back.
Beatress : You're hilarious, Mary. No, I got a surprise for you. I think you'll get a kick out of it.
Mary: You don't want to go to places I get a kick out of going to.
Beatress : That might work with the thugs at the Bourbon A Go Go, but you don't scare me, Dr. Mason.
Mary: The thugs at Bourbon are scared of me?
Beatress : Mm-hm.. Even Billy.
Mary: I must be a monster.
Beatress : You're not. You're a creative artist. And no one ever understands artists and their work. Usually you have to wait till you're dead. Then everyone goes around saying what geniuses you are.
Twin #1: Do you feel... connected to anyone, Mary?
Mary: No.
Twin #2: Most people attracted to this culture don't.
Twin #1: At least you can feel connected to yourself.
Mary: I guess everybody feels connected to themselves.
Twin #1: Ja und nein. I have the benefit of being connected to myself... und my sister. But I know that connection may or may not last beyond this existence.
Twin #2: We never want to lose that connection, Mary. Maybe we'll die together and face whatever's to come together. Maybe not. But should anything even happen to one of us before the other, we never want to lose that connection.
Twin #1: We want you to take off our left arms and exchange them with one another.
Mary: That shouldn't be a problem.
Twin #1: We also want you to strenghen our connection with ourself.
Twin #2: It's a bit more complicated than an appendage exchange and somewhat difficult to put into words, but we feel that image, best describes the reflection we... desire.
Twin #1: Of course, the amount you need for compensation is not an issue.
Mary: How's Friday?
Mary: I have been asking myself why your right ear still exists.
Mary: Practice makes perfect, and surgeons... or whatever it is I do now, cannot afford to make mistakes.
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2015/1/21, 10:06 PM