映画|ホラー・シネマ・パラダイス|All About Evil
劇場を守る女性がスナッフをやりだす話。サンフランシスコの夜に君臨するドラッグクイーン『Peaches Christ』のホラー愛 + 劇場愛を見よ。ナターシャ・リオン、トーマス・デッカー、ノア・セガン、ジャック・ドナー。監督ジョシュア・グラネル(Peaches Christの監督名)。2010年。
ここはサンフランシスコ。
デボラさん(正確には『デブォオオォラ』と発音せねばならない)(ナターシャ・リオン)は、父から譲り受けた劇場『ヴィクトリア・シアター』を頑固に守り続けている。昼間は図書館で働き、夜になると劇場を開いて、ネオンを点す。自ら売店に立ち、ホラー好きな観客を迎える日々。
彼女の亡き父は劇場を深く愛し、娘が女優になる日を夢見ていたが、残念ながら、彼女にはそのような資質はなかった。少女時代、オズの魔法使いのドロシー役という大役をもらったが、あまりの緊張ゆえ、オシッコをジョバー。マイクのコードを濡らし「感電ビリビリ!ショック死寸前!」という醜態をさらし、笑い者になった。
女優センスのかけらもなかったという点を自ら立証したデボラであったが、劇場を愛するきもちは父と同じである。毎日ポップコーンを売りながら、劇場再興の夢を見ている。
ホラー愛好家にとって、こんな劇場は貴重である。彼らの目には、小柄で地味なこの女性の姿は、孤独な灯台守のように見えたことだろう。ホラー映画好き高校生のスティーヴン(トーマス・デッカー)もそんなファンのひとりであった。彼は足しげく劇場に通い、デボラと話をするのを好んだ。
ところが、ある日、いぢわる欲深ビッチママ(ジュリー・ケイトリン・ブラウン)がやってきて「娘よ。劇場を売るから書類にサインしろ」なんていうから、デボラは正気を失った。
かつて少女デボラが舞台で大恥をかいたとき、このママは魔女の役で舞台の袖にいて一部始終を見ていた。実の娘の失態を見たらば、それを助けるどころか、大笑いでバカにするという、いかにも魔女にふさわしい冷血ママであった。あの頃からずっと変わらないのである。
ビッチママのビッチな提案を聞いたデボラは泣きべそとなり「パパの夢なのそれだけはだめだめ!」と反対するが、ママはあくまでビッチである。「おまえは父親と同じ。ウスノロバーカ。やくたたず。負け犬。スターになんかなれっこないわブハハ!」とヒデーいわれよう。逆上したデボラはついにママをブッ殺してしまう。うへー。
この瞬間、観客たちはスクリーンの前で映画が始まるのを待っていた。奇しくも、本日の上映作品はハーシェル・ゴードン・ルイスの『血の祝祭日 (Blood Feast)』。なんという巡り合わせであろう。待ちくたびれた人々は、いつまで経っても映画が始まらないから文句をいいだした。
血塗れヒョエーと狂乱していたデボラは、観客のブーイングで我に返る。映写室に飛び込んで、上映スタート。ところが、ここで痛恨の大ミス。アワを食った彼女は、間違えて警備カメラの録画映像を上映してしまったのである。
デボラがママをブッ殺す場面がデカデカと上映され、観客たちは動揺する。が、やがて、その内容にうっとりし、誰もが舌を巻いた。産地直送もぎたてのゴアゴアであるから感心するのは当たり前である。人々はフナのように口を開けたまま。呆然。
ここで、ひとりの老人が立ちあがる。
トウィグス氏(ジャック・ドナー)は先代からの映写技師であり、デボラのよき理解者であり、片腕ともいえる人物である。彼はなにが起きたのかを察知するや、老人とは思えぬ素早さで舞台に駆けあがり、次のようなスピーチをカマして、デボラを、そして劇場を救ったのである。
Mr. Twigs: Ladies and gentlemen! Welcome to The Victoria Theater! We hope you enjoy our brandnew original short film introduction. With the passing of Mr. Tennis, we wanted to create something honoring his Victoria's spirit of showmanship. We're here to say, corporate developers, capitalists, mothers, be aware! The Victroria Theater is here to stay!
「みなさま!本日もヴィクトリア・シアターに足をお運びくださりありがとうございます。当劇場制作の新企画ショートフィルムはお楽しみいただけたでしょうか。先代オーナー、テニス氏は、ショーマンとしての気概を終生持ち続けた人物でありました。残された我々は、彼の死を追悼するにふさわしい出し物をこしらえ、みなさまにお見せしたいと考えたのでございます。不動産屋だの、デベロッパーだの、母親だの、かかってきやがれ!ヴィクトリア・シアターは不滅であります!」
なんてやらかしたら、観客は大喜び。拍手喝采。すばらしい。
この日以来、デボラさんは一変する。
トウィグス氏とコンビで殺人場面を撮影。ショートフィルムを制作上映した。ヴィクトリア・シアターだけで観ることができる、週末の特別企画である。デボラはあるときには女優、あるときには監督の役をこなし、この行為に熱中した。イモムシが蝶に生まれ変わったよう。
やがて手が足りなくなり、新たな人員を雇い入れた。7歳で家族を惨殺した双子姉妹、ヴェダとヴェラ(ジェイド・ラムジー、ニキータ・ラムジー)を精神病院から連れ出した。この双子は鮮烈なキャラクターとしてデボラの映画に毒の華を添えた。下品でガサツな暴力狂人、エイドリアン(ノア・セガン)を町で拾った。こちらは『魔人ドラキュラ (1931)』のドワイト・フライのような戦慄を与えた。
5名は働きものの家族になった。デボラを中心に結束し、次々に新作を発表。よるべのなかった落伍者たちが出会い、力を合わせて創作に励むなんて心温まる話である。掃除やらモギリやら売り子やら、手の空いている者がなんでもこなし、ホラーファンをお迎えした。彼らにとって劇場とは『家庭』であり、『教会』であり、『誇り』であった。
ヴィクトリア・シアターの人気は急上昇。サンフランシスコのカルト界でその名を知られる女王ビッチ、Peaches Christ(この映画の監督)もやってきた。チケット売り場には列ができ、ローカルニュースのネタになった。
彼らの作品のいくつかを紹介しよう。
携帯マナーの悪いゴアゴアガールのヴェロニカさん(カット・ターナー)にギロチン斬首をしようと思ったら頭がでかすぎて入らないからオッパイをチョッキン。タイトルはA Tale Of Two Severed Tities。また、口うるさい図書館のオバちゃん(ミンク・ストール)は口を縫い合わせてやった。タイトルはMaiming Of The Shrew。いずれも大好評。
※エンドロールでは、映画の中に登場しなかった作品も含め、グラインドハウス風のポスターがズラズラーと出ます。
映画バカ高校生のスティーヴンはデボラの成功に拍手を送り、自分のことのように喜んだ。思春期らしい純粋さで、デボラに淡い恋心を抱くほどの熱狂ぶりであったが、次第に、ある疑問を抱くようになる。
デボラはいったいどうやって殺され役の俳優たちを調達してくるのか。彼らはいずれも無名俳優とは思えない真に迫った恐怖の演技をする。いったどうやって!?スティーヴンの疑惑はやがて確信に変わる。
が、デボラの夢はまだまだ発展途上である。彼女の最終目標、その夢とは、人生初の長編映画の制作であった。いまの私ならそれができる。ショートフィルムで喜んでいる観客たちが長編映画を観たらどんなに驚くことだろう。天国の父が知ったらどんなに喜んでくれるだろう。
彼女の脳裏には、血に染まった赤い絨毯を歩む自分の姿が見えている。自分には一生無縁と思われたスターダムの世界がその先にある。わたしは注目される。わたしは、わたしは、ついにスターになるんだ。スターなんだ。デボラと仲間たちは一丸となり、その夢に向かって狂転し、破滅していく。
『ホラー・シネマ・パラダイス (2010)』は、ホラー映画を永遠に愛し続けるカルト伝道者、Peaches Christがホラーファンに向けて放った愛の血シブキであり、ジョン・ウォーターズに向けた恋文である。驚心動魄のインディーズ魂を見よ。
Deborah Tennis: The show must go on!
ショーを続けなくちゃ!
トレイラー動画
All About Evil (2010) trailer
Peaches Christとはナニモノであるか
Peaches Christはサンフランシスコのインディーズシーンでその名を知られるカルト伝道者であり、奇人であり、ダンサーであり、ビッチであり、演出家であり、映画監督であり、俳優である。見ためからしてものすごいオバちゃん。ベイエリアに君臨する『ホラー版 美輪明宏 + 塩沢とき』といった趣であるが、映画監督として登場する際にはメイクを落とし、ジョシュア・グラネルと名乗る。『ホラー・シネマ・パラダイス (2010)』の監督であり、Peaches Christ本人として出演もしている。ジョシュアさんのときにはこんなアンちゃん↓
自身のウェブサイトでは、DVDやTシャツやポスター等を売っている他、イベント案内やインタビュー等もりだくさん↓
また、Youtubeの彼のチャンネルにはおもしろい映像がたくさんあります↓
こちらはFacebook↓
『ホラー・シネマ・パラダイス (2010)』のDVDには楽しいオマケが満載だが、その中にある、Peaches Christさんの次の言葉はこの映画のなんたるかを端的に物語っています↓
Peaches Christ: Movie theaters are our churches. You know, for many of us, that's where we go to worship what we love. And so we have to value a movie theater, save a movie theater. And in this movie really... is an attempt to just describe what we should go to in order to save a single screen neighborhood movie theater.
映画館は私たちにとっての教会です。愛する映画を崇拝するために行く場所です。ゆえに、私たちは映画館をだいじにしなければいけない。映画館を守らなくちゃいけない。この映画では、どこにでもある小さな映画館を守るため、私たちがなにをすべきか、という点について描かれています。
なんていわれたら、正座をして観なくちゃいけないですな。正座、なんつっても、ガイジンさんにはわからんだろうけど。
DVDのオマケの中には、プレミア上映会にきた人々に「Peaches Christさんはどんなひと?」という質問を投げている映像もある。そこに寄せられた回答↓
"She is a very mysterious lady of the night."
"She is the most evil person who has ever lived."
"Peaches Christ is a wicked wicked one."
"Peaches, fucking frightening! frightening!"
"I've actually never heard her before, yeah."
"She is kind of a piece of trash."
"Joshua Grannell is a brilliant director. Peaches is a good director."
"The meanest, the most heinousest director I've ever worked with in my entire life, don't you think?"
"Yeah, she's a total bitch."
"Hmm... It's good name."
はははははははははは。
感想
ブラボー!傑作!スゲー!生きててよかったー!
まずは冒頭16分の導入パートが素晴らしい。少女デボラと優しいパパの回想シーンから始まる。彼女は舞台でジョバー。あー。なんという切なさ。ここで凝ったオープニング・クレジット。映画が始まる。図書館で働く地味なデボラさん。劇場を守るデボラさん。ビッチママをブッ殺すデボラさん。老映写技師の感動スピーチで救われる。拍手喝采。うわー!
この導入だけで、私、イカされてしまいました。完璧。手を握っただけで射精したきぶん。この映画はオープニング・クレジットがとてもいいんだが、詳しくはこちらをご覧ください↓
んで、その後、物語が進んでいくのですが、元々の話、デボラさんはホラー映画好きではなかったという点がすごくよかったなあ。彼女にとってはホラー映画というのは劇場を存続させるための手段に過ぎなかった。しかし、ハプニングをきっかけにそっちの道に入っていく。そして開眼する。スターを目指すようになる。「ホラー好きの劇場主がスナッフをやりだした」という話よりもこの方がずっといいよね。ドラマがある。
最初の方で、映画バカ高校生のトーマス・デッカーに父の死のお悔やみをいわれるシーンがある。「あなたのパパがいなかったら、ぼくはこんなにホラーを見れなかった」という言葉は感謝の現れなんだが、これを聞いたデボラさんはなんともいえない複雑顔をするのです。私はあれを見て「感謝してくれるのはありがたいが、うちはホラー専門で終わるつもりはない」なんて思ったのかなと想像しました。
このへんでは地味なドジ娘ってかんじなんだが、お話が進むにつれ、顔つきがぐわーんと変わってくるのです。ナターシャ・リオンさんの顔演技がおもしろいのですよ。
ジャック・ドナーが演じたおじいさんもいいです。彼はスナッフの道に入ったら若返ってしまった。「この世の春がきた」って調子でさ。この映画は高齢化問題に対して希望を示した名作であるともいえるでしょう。
Peaches Christというひとを私は知らなかったんですが、この映画を観る限り、ド派手なメイクでやりたい放題のオレオレ流でやってるように見えるが、その実、かなり計算高いのではないか。自分の作品を客観的に見れるひとなのではないか。この巧みさというのは『ムカデ人間 (2009)』のトム・シックス監督に似ている気がする。彼もさ、無茶苦茶やってるように見せながら、プロモがうまいでしょう?
メイキングの中でトーマス・デッカーが「新米の映画監督とは思えなかった。彼は歌や踊りのショーを長年やってるから、その経験が活きているのだろう」てなことをいってました。
一般的な話、ホラー愛に凝り固まったインディーズ監督がオマージュ映画をつくると『羽の折れたプロペラ(音がうるさくて風がこない)』状態に陥るケースが多いけれども、これはそこらへんの凡作とはちがう。いいもんをみたなあ。
他のキャストもいいですよ
まずはノア・セガン。暴力狂人のエイドリアン。ヨカッター。『イケメンのくせにへんな役』大賞グランプリ。私的には『デッドガール (2008)』『Someone's Knocking at the Door (2009)』と並んで、彼の代表作品です。
不気味双子ガールのジェイド・ラムジー、ニキータ・ラムジー。このひとたちは初めて見ましたが、おもしろかった。いい脇役ぶり。ムッツリ顔で台詞極小の役どころなんだが、にっこりする場面がひとつだけあり、笑顔はかわいいお嬢さんでした。彼女たちの死に様はすばらしかった。
映画好き高校生のトーマス・デッカー。彼には優しくて口うるさいママ(カサンドラ・ピーターソン)がいるんだが、あれを見てたら、『Terminator Sarah Connor Chronicles』を思い出した。レナ・ヘディ演じるサラ・コナーを相手に「ママはうるさいよ」とかいってましたよね。あれと同じだなー。
そんな台詞が似合うおぼっちゃま顔のアンちゃんですが、DVDのオマケの中には、彼がファンの前でロックスターのように歌をうたう場面が入っているんですよ。なかなかのもんです。
教育熱心な女教師のGwyneth Richards。デブ女子高生のアシュリー・フィンク。楽しいひとたちがたくさん出てきた。あー、あとは、あれだ、口を縫われちゃうミンク・ストールさん。みんなよかったなあ。
DVDのオマケ
このDVDのオマケはたいへんいい↓
- All About Evil Teaser Trailer (01:09)
- Evil Live - World Premiere, Peaches Christ Experience in 4D (20:15)
- Behind The Evil - The Making Of (15:04)
- Grindhouse - Where It All Began (13:37)
- Children Of The Popcorn - Enter The World Of Peaches Christ Productions (08:19)
- Commentary With Writer / Director Joshua Grannell
ジョン・ウォーターズさんもプレミアにきていたよ
『Evil Live - World Premiere, Peaches Christ Experience in 4D』は、2010年5月にサンフランシスコのCastro Theatreでワールド・プレミア上映されたときのようすを収めたビデオですが、これ、びっくりするよ。
普通、映画のプレミア上映会といえば、監督とキャストが出てきて、挨拶したり、ファンの質問に答えたりするじゃないですか。ところが、これはそんなものではありません。
オールスター総出演で、歌あり踊りありコントありの余興大会です。ジャンジャカ盛りあがって、ファンを楽しませてくれる。すごいすごい。客席では双子姉妹コスのネーチャンがポップコーンを配ってくれるんですよ。ファンは大喜びです。
いつもこんなことをやってるんでしょうか。本拠地サンフランシスコでのワールドプレミアだから特別だったのかもしれないけどもさ、それにしても大したサービス精神です。映画が売れないつって文句をいってる制作者は、Peaches Christさんのチンコのアカでもせんじて飲んどけって思うよね。
Youtubeにもそのときの動画があるんだが↓
Peaches Christ - Opening Number
上の映像はコンサートの隠し撮りビデオみたいだからあまりよくない。DVDに収録されている映像はもっと見やすくて感動が伝わるし、トーマス・デッカー、ナターシャ・リオン、ミンク・ストール、他のみなさんがうたを歌うし、他にもたくさんあります。泣けてくるよ。
『Grindhouse - Where It All Began』てのは『ホラー・シネマ・パラダイス (2010)』の元になったショートフィルムです。これを元に長編映画をつくった苦労話やらミンク・ストールとの出会いやらをメイキングの中で語っています。
『Children Of The Popcorn』を観ると、Peaches Christ Productionsに入社したくなりますよ。
YOU MUST OWN THIS DVD!!!
この映画のDVDは公式サイトでしか売っていない。amazonでも売ってるんだが、Market Placeだけなので、結局、公式サイトから買うのと変わらない。
想像するに、デボラさんの映画はヴィクトリア・シアターでしか観れないのと同様、このDVDはウチでしか買えないヨっていう方針なのですかね。Peaches Christさんのキャラからして「映画を観たかったらサンフランシスコまで来い」とかいってもおかしくないかんじなので、DVDを売ってるだけでもありがたいと思わなければいけないのだろうか。チト高いんだが、私的には満足でした。みんなもみてみて。といいたいが、この映画のDVDは英語字幕ナシなので、聞き取りオッケーな方のみオススメ↓
最後のシメはナターシャさんのお言葉を引用↓
Natasha Lyonne: We're going to save the film industry in all the old theaters in every town in the USA, one at a time!
泣けた。
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『ホラー・シネマ・パラダイス』 | |
2010年 | |
アメリカ | |
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