映画|Eddie: The Sleepwalking Cannibal
夢遊病者でカニバリストの男と、絵を描けない絵描きが出会うスリラー映画。チョイお笑い。トゥーレ・リントハート、ジョージナ・ライリー、ディラン・スミス。監督ボリス・ロドリゲス。2012年。デンマーク/カナダ合作。
ラースさん(トゥーレ・リントハート)は、かつてその名を知られたデンマークの画家であったが、さっぱり絵を描けなくなってしまい、画商ロニー(スティーヴン・マクハティ)の紹介で、カナダの雪山にある小さな美学校の先生になった。
校長先生(アラン・ゴウレム)以下、学校の先生たちは「こんな有名画家がこんなちっぽけな美学校にくるなんて!」とびっくりしたが、ラースさんは偉ぶることなく、謙虚で、絵の先生としても好ましい人物だったので、すぐにみんなと仲良くなった。その中には、映画のヒロイン、カワイコちゃん教師のレスリーさん(ジョージナ・ライリー)もいます。
ラースさんが教えるクラスにはエディ(ディラン・スミス)という変わった生徒がいた。彼は口がきけないの。エディはいい年の大人で、学校にくるような年ではなく、オツムの足りないかわいそうな男である。
エディが5歳のとき、母が芝刈り機に巻き込まれて死亡。その後、父は拳銃自殺。以来、彼は口がきけなくなったということであるが、ラースがきて間もなく、エディの伯母さんが死亡。彼はひとりぼっちになってしまった。
校長先生は一計を案じた。エディの住む場所が決まるまで、ラースさんちで預かってもらえないかという話で、それを聞いたラースは、好人物らしく「ええよオッケー」と快諾した。
校長先生がエディのことを心配するのは、学校の存続に関わる経済的な事情があるからなんだが、かといってドライに物事を決めている風でなく、また、人のいいラースさんに面倒を押しつけてしまえ、という風でもなく、ただ朴訥に「だれかいいひとはいねーかなー」という調子である。
手のかかる生徒の世話を新任教師に頼むなんて、ずいぶんいい加減な話だが、まぁ、映画だからということもあるだろうが、カナダ人ってのは、こういうちゃらんぽらんな気質がありますよね。やれるひとがやればいいんじゃん。細かいことは気にすんな。みたいな。
ラースとエディの共同生活が始まる。やがてまもなく、ラースはエディの奇妙な癖を知って驚く。エディは夢遊病者で、おまけにカニバリストだったのです。うへー。
寝ているあいだに外をうろつき回って、誰かをブッ殺して食ってしまうの。最初はウサギだったが、2度目には、隣人の意地悪男(ピーター・マイケル・ディロン)を食ってしまった。朝起きると顔中が血塗れなんだが、本人はなんにも覚えてない。『フランケンシュタインと狼男 (1943)』のロン・チェイニー・Jrみたい。
朝起きて死体を発見したラースは仰天したが、と同時に、メラメラーとインスピレーションが湧いた。泉のように湧き出るイメージを実感し、絵の具をぶつけてみたら、たちまち作品が出来上がってしまった。おぉおお。素晴らしい。
エディの『夢遊病 + カニバル』癖はびっくりだが、それに増して希有な発見は、ラースさんの「ゴア死体を見ると創作インスピレーションが湧く」という点である。誰よりも芸術家たらんとし、創作の発芽をなによりも重んじるラースさんは、この発見に身を委ねてしまう。彼は積極的にエディに殺人をさせ、それを目撃し、作品をつくるのです。
彼は絵ができると気前よく学校に寄付する。学校存続の危機に直面していた校長先生はワーイと喜び、職員室では乾杯が行われる。みんなは喜ぶ。万事めでたしではないか。そんなことはないんですよ。ひとが死んでるんだから。
奇妙な味わいのサスペンスドラマというか、コメディというか、不思議な質感の映画です。
トレイラー動画
Eddie: The Sleepwalking Cannibal (2012) trailer
感想
希有な趣向を持つ者同士が出会ってしまうというプロットはおもしろいですよね。『Grimm Love (2006)』という映画は『食いたい男』と『食われたい男』が出会う怪作だったですが、こちらは『夢遊病でカニバリスト』と『ゴア死体を見ると創作意欲が湧く芸術家』です。その異様さにただただ呆然とするばかりであります。
映画の冒頭。カーラジオの台詞でジャック・ロンドンの有名な言葉が引用されます↓
Jack London: You can't wait for inspiration. You have to go after it with a club.
待っていたってインスピレーションは産まれない。こん棒を持って追いかけなくちゃ。
これを聞くと「絵を描けなくなった絵描きがジタバタしているんだな」と思うよね。でも、ラースさんが学校に到着し、校長先生と話す場面になると「ぼかあ、もう描く気はないのです」なんていうから「このひとはもうこん棒を持ってないのかな」とも思えてきます。
彼は謙虚で、控えめで、優しい人柄です。だから絵の先生としてはいいけど、芸術家らしい『我』というものがまったくない。やっぱり枯れてんのかな。ところが、エディの秘密を知り、それを利用して作品をつくれるようになると、ギラッとなにかが変わるのです。とはいっても、娯楽的ホラー映画によくある「豹変!」ではありません。チラッと表層に出てくる。そしてすぐに引っ込むの。
それが一番最初に出たのは、カワイコちゃんのレスリーさんの彫刻を見た場面でした。彼女はどきどきして自分の作品を見せ、意見を求める。彼は「いいよー、すごいよー」と褒めたものの、途中からへんになってくる。
Lars: Yes. And you didn't even have to hurt anyone.
君は誰も傷つけることなく、こんな作品をつくれたのか!?
こんな疑問が頭に浮かんで、イラッとする。したら、彼らしくないイヤミを口にして、彼女をヘコませてしまうのです。「でもちょとありがちだよね」なんて否定的な意見を述べると、彼女はサッと緊張顔になる。「そうね、わかる。直してみる」といったら、ラースは急に早口になり、こう返すのです↓
Lars: Why would you want to fix that? Why would you want to fix the exersise? I never do that. I mean that's what it is. It's exersise. But it's good. It's good for work. It's great exersise. Good job. Students are lucky to have a teacher like you. Alright. I got to go. Just let me know if you need help anything else.
「直すだって?練習としてつくったんでしょ?練習に直しは要らないじゃん(コバカ笑い)?ま、でも、よくできてはいるよ。えらいえらい。君みたいな先生がいて生徒たちは幸せだ。よし、もう行かなくちゃ。なんかあったら連絡ください。バイバイ」
日頃から厳しい物言いをする人にいわれたら「また怒られた」と思うだけでしょうが、いつも優しげなひとにこういわれたら凹みますよね。私は芸術家ではありませんが、この場面を見たとき「こんなイヤミをいっちゃうことあるなあ」と反省しました。妙に生っぽい場面でした。
『Eddie: The Sleepwalking Cannibal (2012)』は毒々しいお笑いをフリかけたサスペンスドラマといった趣の映画で、カニバリストが出てくるといっても、残虐ゴアな描写は抑えめです。なかなかおもしろかったですが、芸術家ってもんを単純化しすぎではないか、という不満も少しある。
死体を見れば作品をつくれるってのがさ、人間の脳ってそれほど短絡的なものではないんじゃないかな。という意味です。そこを補強するのが、スティーヴン・マクハティ演じる画商の役どころで、こいつはメフィストフェレス風に「絵を描け絵を描け」と煽動し「絵を描くためならなにをやってもかまわん」みたいな台詞をいうんですが、彼の演技はよかったけど、100%ソレで納得とは思えなかったなあ。でも、独自性は十分感じられました。だからよかったです。
ところで、この映画では、何度かオペラの引用が出てきます。『魔笛』『イル・トロヴァトーレ』『椿姫』です。カーラジオのナレーションでその意味を教えてくれますが、あらかじめウィキペディアなどでチョロッとあらすじを知っておくと余計に楽しめると思います。
O君を思い出した
ちょと余談をば。
一般的な話、芸術家って、突飛で反社会的で非常識な行動をする人たちという風に思われがちですが、私、思うに、そういう芸術家って意外と少ないのではないかという印象を持っています。私は何人か芸術家の友達がいるのですが、彼らはものすごく常識人です。常識的であることを目的に生きているんだよ、というひとさえいます。
ま、その常識が少し狂っているということは確かにあるんだが、少なくとも反社会的ではありませんし、志茂田景樹のような格好をしているわけでもありません。ただ、見ててびっくりするのは、ものすごくがんばって常識人たろうと努力しているんだが、あまりにがんばりすぎて、へんな行動に出てしまう、ということは確かにあるようです。
O君もそういうかんじです。彼は現代美術の作家で、作品を運ぶために買った軽トラックに乗っています。ときどき乗せてもらうのですが、このひとね、しょっちゅう左右を間違えるのです。
私が助手席にいて「あ、そこ右」というと、左にいっちゃうの。えぇえ。左右の区別がつかないってわけではないのですよ。普段ならちゃんとわかるの。緊張すると逆に反応しちゃうみたい。彼は自動車の運転が好きじゃなく、特に誰かを乗せていると落ち着かないそうです。同乗者に怪我をさせてはいけない。と思っちゃうんですね。
そんな緊張が脳に作用して、逆方向にいっちゃうらしいです。だから彼とドライブをすると、いつまで経っても目的地にたどり着けません。それは困るので、私は逆の方向をいってみました。右にいきたかったら左っていえばいいじゃん。
しばらくこれでうまくいったのですが、私が嘘をいっていると気づかれてしまい、この作戦はだめになりました。私に「右」といわれると、彼の頭の中に葛藤ジュースが湧いてきちゃうのです。「右?右?てことは左?え?どっち?どっち?あわわわ」とパニくってしまうの。
これでは危なっかしくてしょうがないので、嘘をいうのはやめにして、とにかく彼に落ち着いてもらうような作戦を考えるようになりました。そしたら、いまでも何度かは間違えるんだが、だいぶエラー率が減ったのでよかったです。
この映画を観たら、O君のことが思い出されて仕方がありませんでした。そんな想像が連鎖的に出てくるくらいだから、まぁ、悪い映画ではなかったんだろうなあ。
ドイツ版DVDのオマケ
『Eddie: The Sleepwalking Cannibal (2012)』はUS版、UK版共に未リリースですが、ドイツ版が出ています。オマケはメイキングだけ。字幕はナシです↓
画像
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Eddie | |
Eddie, o Canibal Sonâmbulo Eddie: The Sleepwalking Cannibal Eddie, o ypnovatis kanivalos Az alvajáró húszabáló | |
2012年 | |
カナダ/デンマーク | |
2012年7月12日 (デンマーク) 2012年8月4日 (カナダ) (Fantasia Film Festival) 2012年9月15日 (フランス) (Festival Européen du Film Fantastique de Strasbourg) 2012年9月28日 (カナダ) 2012年9月30日 (デンマーク) (Blodig Weekend) 2012年10月7日 (アメリカ) (Mile High Horror Film Festival) 2012年11月11日 (イギリス) (Leeds International Film Festival) 2013年4月5日 (アメリカ) | |
imdb.com :: Eddie |
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