映画|Art/Crime
2009年10月。カナダのグロゴア特殊メイクアーティスト、レミー・コートレが逮捕された顛末を描いたドキュメンタリ映画。『ホラー映画と表現の自由とCensorship』について考えよう。ナチョ・セルダ、パトリック・セネサル。監督フレーデリック・マホー。2011年。
この映画はホラー映画でなく、ドキュメンタリ映画です。実際に起きた出来事です。
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2005年。
Morgue666ていうグロゴア満載のアングラサイトがオープンした。キチガイ男が女を拷問レイプ殺人する過激な画像はすべてつくりものであり、サイトにはそのように明記されていたが、中には「本物なの?」と疑う人がいて、たちまち話題になった。2年後。同サイトはInner Depravityと名前を変え、短編映画のコーナーもできて、ますます盛況に。
Inner Depravityの運営者はレミー・コートレなるアンちゃんで、彼は今ではホラー映画の特殊メイクアーティストとして知られ、先日レビューを書いた『Thanatomorphose (2012)』のグロメイクも彼の作品だが、当時はまだ無名だった。ナチョ・セルダのカルトホラー映画『Aftermath (1994)』に天啓を受けたのが、この道に進むきっかけだった。
Rémy Couture: I had been doing special fx for a short time when I saw Aftermath. I told myself: this is the type of horror I want to do.
「『Aftermath (1994)』を見てSFXに興味を持った。これこそが自分のやりたいホラーだと思った」
ネットを通じて素人モデルを募集。独学で学んだ特殊メイクを施し、写真やビデオを撮影した。やがてプロ顔負けの専門知識を得、グロゴアの美術センスを磨いた。特殊メイクの技術向上に加え、モデルの表情にも気を配り、細かく演技指導をした。撮影やライティングの重要性にも気づき、プロの写真家を雇った。アシスタントやらカメラマンやらたくさんの仲間ができて、ちょっとしたブームになった。繰り返すが、これすべて彼の趣味活動である。自らのメイク技術を試す場所として始めたわけです。
彼は幾多のファンからメールをもらった。「本物なのか?」と疑う相手には、笑っているモデルの写真を送って「つくりものですよ」と教えてやった。レミー・コートレは「精巧であること」に全力を注ぎ、ファンの期待に応えた。
ホラー映画作家としての彼の志向は『写実性へのこだわり』である。ホラー映画にお笑いなんかいらない。キチガイが犠牲者をレイプし、ブッ殺す。純粋なる恐怖を描くホラー映画。そのためにはとことんリアルでなければならぬ。これが彼の目指す映像世界だった↓
Rémy Couture: I will never do horror to get a laugh. I want to show the unpleasant face of horror. Horror should be scary. There's no reason to have humor in a shoot where a woman gets assaulted. The situation isn't funny. Atrocities are being committed and humor doesn't fit in. I just wanted to recreate this reality which is hard, aggressive.
「お笑いホラーなんてやる気はない。ホラー映画はおそろしくあるべきものだ。女性がひどいめに遭わされる場面にユーモアなど介在する余地はない。どこがおもしろいんだ。残虐とユーモアは相容れない。おそろしい現実の姿を再現する。それがぼくのホラー映画です」
しかし、2009年になると、サイトの更新は止まった。彼が自身の夢を叶え、映画業界に職を得たからである。この頃になると「ディレクター仕事よりも特殊メイクのワザを極めていきたい」と希望するようになった。ゆえにサイト更新をやらなくなった。レミー・コートレの趣味サイト、Inner Depravityはその役目を終え、終焉したかに見えた。
そんな折、びっくりすることが起きたのである。
2009年10月。
ハロウィンの季節は、特殊メイクアーティストにとって稼ぎ時である。パーティ好きな人々がやってきて、彼にお金を払って、凝ったメイクをしてもらう。その日も彼は自宅で客がくるのを待っていた。ところが、やってきたのはモントリオール警察の私服刑事。逮捕され、牢屋に放り込まれて、取り調べを受けた。家宅捜索の末、私物が押収された。
逮捕のきっかけはドイツ人市民の通報だった。「あのサイトじゃ子供をブッ殺して死体を川に捨てている」という知らせを受けたドイツの警察からインターポール経由でモントリオール警察に情報が流れ、お縄になったというのはじつに笑い話である。レミーさんも大笑いをし、すぐに誤解は解けるだろうと考え、弁護士を呼ばず「つくりものですよ」と説明してやった。
実際の話、警察はガチに通報を信じたようである。彼の部屋に拘束された被害者がいると考え、人命救助のため、わざわざハロウィンネタのオトリ捜査をしたのである。でも死体もなんにもなくて、発見されたのはフェイク血糊やら...。がっくし。
ところが、これが意外な顛末に発展する。誤解が解けたらすぐに解放されると思いきや、なんと警察はレミー・コートレを起訴した。その罪状はCorrupting morals and publication of obscene materialというそうだが、私は法律の専門家じゃないから正確な訳はわからないが、日本流にいうところの『猥褻物陳列罪』みたいなものかなと思うが、日本のよくあるケース、AVとかエロ本出版社などが捕まるケースよりも重罪扱いなのかなってかんじがする。
これは由々しき事態である。警察が通報を真に受けて間違いをやらかしたまでは笑い話だが、その後、彼を起訴し、罪人に仕立て上げようとするのは笑って済む話ではない。もはやレミー・コートレ個人の問題ではなく、アングラ的な創作物に取り組むすべての芸術家たちにとって脅威である。これが通るのなら、電話一本でアングラ作家を潰せるではないか。
以下は日本でも公開されて話題になった『7 DAYS リベンジ (2010)』の原作者パトリック・セネサルのお言葉↓
Patrick Senécal: I'm distressed by Rémy's case, and not only for the web aspect. It gets to me since my literature is very violent. We made violent movies like "7 Days." Rémy's case might set a precedent. I can't believe it will happen but if Rémy is convicted, who's next? I'm in the crosshairs for sure, along with guys like Podz. And so is anyone who makes movies and literature that's more hardcore. Even my publishing house is in danger. It worries me. It gets to me. And that's why we have to react. A precedent would endanger the entire artistic community.
「レミーの事件を聞いてこりゃヤバいと思った。ウェブだけの問題ではない。ぼくの小説には暴力が含まれる。ぼくたちは『7 Days』という映画もつくった。レミーのような先例ができたら、次々に誰かが標的にされる。ぼくも槍玉に挙げられる。ぼくの出版社も危険にさらされる。ゆえに立ち上がることにした。アートコミュニティ全体が危険だ」
この裁判はフランス国内のみならず、facebookその他のソーシャルメディアを通じて拡散。世界中が注視する案件となった。『Pernicious (2014)』が話題のジェームス・カレン・ブレザックさんもチョロッとコメントを寄せている↓
I'm now watching ART/CRIME and found @JamesCullenB's tiny (but big) shout on screen. pic.twitter.com/FtCbjSQoHD
— Hiro Fujii (@horrorshox) May 14, 2014
本作品『Art/Crime (2011)』はこの事件の経緯を記録したドキュメンタリ映画である。
前半は、レミー・コートレのサイトInner Depravityの内容紹介がメイン。この映画は『表現の自由』について考えるまじめなドキュメンタリなのだから、こんなことをいってはいけないのかもしれないが、前半パートはじつに楽しい。モデルやカメラマンのインタビューに加え、EXTREMEな画像やフッテージがジャンジャカ出る。見応えのあるゴアゴアが連続する。基本的にはTOETAGみたいなもんだが、彼のヤツは相当のグロ表現をやりつつ、どこか芸術的なんだよね。だからちょっと違う。なかなかのもんです。
後半になると、ゴアゴアよりもドキュメンタリらしい法律関係/社会的背景の話になる。彼を支持するカナダのホラー関係者やら元政治家やら弁護士やらが出てきて、いろいろとしゃべる。これらの中には、『Aftermath (1994)』のナチョ・セルダ監督、『7 DAYS リベンジ (2010)』の原作者パトリック・セネサル、ロベルト・モリン監督、『Thanatomorphose (2012)』のエリック・ファラードー監督といった方々もいる。
この映画はレミー・コートレ側の視点なので、彼を支持する人々ばかりが登場するが、警察関係者もひとりだけ出る。制服おまわりさんが出てきて「警察は自分らの仕事をしただけなんですよ」「こんな通報があったら無視できませんよ」「警察が罪を決めるんじゃなくて、それは法廷がやることなんですよ」てなことをしゃべっている。本件に関して警察はタコだが、こんなドキュメンタリに出てくるのは勇気がある。そして彼に出演交渉を行った製作関係者もえらいですね。
『表現の自由とcensorship』というトピックスは、ホラーのみならず、すべての映画関係者(映画ファンも含む)にとって他人事ではないのだから、これはみんなが見るべき映画です。
トレイラー動画
Art/Crime (2011) trailer
公式サイトでDVDが発売中!
日本語のページもあるよ↓
後から追記↓
ART/CRIMEさんがリンクしてくれた!Thank you! http://t.co/Aq2TJ5C3YX
— Hiro Fujii (@horrorshox) May 16, 2014
昨日アプしたART/CRIMEの版元のページに私の顔がデカデカと載っているではないか!とハル吉さんに教わった。Damn cool! ;) 下の方にDie Farbeのことも書かれてある。http://t.co/vWaLS30UUD
— Hiro Fujii (@horrorshox) May 17, 2014
Thank you so much for linking to me!
追記以上。
いちおう但し書き
世の中のすべてのドキュメンタリ映画というのは、必ず制作者の恣意が含まれている。本作『Art/Crime (2011)』はレミー・コートレ側の視点だというのを明確に打ち出しているからわかりやすいが、中には「どちらの側にも公平な視点ですよ」というような謳い文句のドキュメンタリもあるじゃん。でもすべてに公平というのはありえない。必ずなにかの意図が潜んでいる。だから、観る側は注意を払って、自分で考えて、判断を下さねばならない。ぜんぶ鵜呑みにしてはいけない。私のいうことも鵜呑みにしてはいけない。こんなことは当たり前だし、いちいち説教臭いことをいうのは柄じゃないが、うちのブログはずいぶんお若い方々も見てくれているようなので、いちおう書いておくのである。だいじなことですから。
感想
日本では、ついこのあいだ「捨てられたダッチワイフを死体と勘違いしておまわりさんが出動した」なんて話があった。また、私はこの話を聞いたら、ブルース・スターリングの古典名著『The Hacker Crackdown』に出てくる気の毒なゲームデザイナーを思い出した。その昔、ロールプレイングゲームの制作者スティーヴ・ジャクソンは強制捜査をされ、彼の創作物が「コンピュータ犯罪のマニュアルである」として押収され、罪人扱いをされたのである。これの顛末は『ハッカーを追え!』の第四章に詳しく書かれている。この本はいま読んでもおもしろい↓
英語の原著はいまはタダで読めます↓
こんな冗談みたいな事件がときどき起きるのはどこの国でも同じらしいが、その後の顛末は深刻である。逮捕された直後のレミーさんは「パニクった!」とそのときの心境を述べているが、同時にこんなこともいっているので↓
Rémy Couture: I was a victim of my talent. That's precisely what I felt.
「おれは才能がありすぎるんだなと思った」
内心ニヤリとする面もあっただろう。自分の作品をガチと信じて通報するヤツがいるなんて、特殊メイクのアーティストにとっては勲章だから。同じ理由で、死体と間違えられたダッチワイフのニュースが出たとき、ダッチワイフの制作者さんは「ムフフ」と喜んだに違いないと思う。
逮捕されたレミーさんは、誤解が解けたらすぐに放免されると思っていたが、意外に警察は粘って彼を変態扱いして起訴した。えらいことである。上にも書いたが、この方式がまかり通るなら、電話一本でアングラ芸術家を潰せることになってしまうから。だから、彼の周辺のホラー関係者は一斉に声を上げ、サポートを発表したり、デモをやったりし始めた。このドキュメンタリ映画の制作もその一環である。
私は自分自身に照らして「他人事ではない!」と強く思った。どっかのキチガイがヒデーことをやらかして警察に捕まったとする。「どうしてこんな殺し方をしたのだ」と訊かれたそいつが「ホラーSHOX [呪]ていうブログでホラー映画のあらすじを読んだから」なんていったら、私はどうなるのだ。ひー。差し入れよろしく。
うちのブログの読者はホラーファンなので、レミーさんを応援する人が多いと思う。そんな私らにとっては、こんな問題は以下のような説明で既に答えが出ている話だ↓
Rodorigo Gudino: What I always tell people who tend to blame films for this kind of things or photography is... photography has only been around since mid-eighteenth hundreds, film has only been around since the twentieth century, so are they saying that people didn't murder people before that? Of course they did. They murdered for all types of reasons, sometimes they murdered for no reason at all. To murder somebody, you don't need inspiration from movie or book or anything. You hate somebody, crime of passion, whatever you excuse.
「暴力的な映画や写真を非難する人々に訊きたいんだが、映画や写真が産まれる以前は、人は殺人を犯さなかったのか?人が人を殺すのに、映画や文学からインスピレーションを得る必要はない。人は誰かを憎んだり、痴情のもつれだったり、その場その場の理由で殺人をするのである」
Robert Morin: What is acceptable? Rambo killing 5,000 people in 90 minutes? Or a guy torturing a woman for 10 minutes? Where is the deviding line? Do we ban all violence?
「ランボーは90分で5000人を殺す。レミーの映画ではひとりのキチガイがひとりの女を10分間拷問する。どっちがよくてどっちが悪いか、どうやって線引きをするんだ?すべての暴力表現を排除するのか」
Richard Begin: What's happening with Couture's work illustrates one thing: There are models. The cinematographic model for his work is the horror film. We often hear, Rémy Couture says it too, that they're condemning horror films as a whole, and it's not the case. They simply refer to a model which changed in 2 ways. First: the narrative aspect. Torture porn appeared a few years ago. "Saw", "Hostel", "Frontier(s)". These films display a series of torture scenes almost in a pornographic manner. There are no legal problems since they're seen on the big screen, which brings me to the second problem. The material is no longer confined to the big screen. The movie theatre creates a separation. It allows you to say "I'm a spectator. It's a show. It's okay." With internet, the spectator interacts with the images. He propagates them. These images could come from a torture porn film seen on the big screen. But it's now in a state of immediacy. In other words, you watch these images at home. This causes a new problem.
「拷問映画は他にもたくさんある。『ソウ (2004)』『ホステル (2005)』『フロンティア (2007)』等々。これらの映画には性的な拷問場面が含まれるが、罪に問われない。この違いはなにかといえば、大きな劇場で公開されているかどうかだけだ。映画館で観るような映画なら『これは娯楽映画だからオッケー』とお墨付きをもらえる。てことはつまり、劇場が線引きを決めるのか」
いちいちごもっともな話である。物事にはなんでも二面性がある。だからこういう言い方もできる↓
レミー・コートレがつくる拷問映画は『真の恐怖』を描いている。キチガイはこんなにおそろしいですよ。というのは正しい主張である。また、ユルグ・ブットゲライトの『シュラム 死の快楽 (1993)』は「変態シリアルキラーなんて、こんなに哀れで孤独なんですよ」といっている。これもまた正しくて健全な主張である。それにひきかえ、ジャック・バウアーは、目的のためなら手段を選ばず「Right now! Right here!」と叫んで拷問するし、交通ルールを守らない。また、高倉健は映画の最後になるといつも長ドス持って乗り込んで、わるもんの親分のみならず、その子分までもズタズタに切りつけて皆殺しにする。こいつらはちょっと極端すぎるのではないか。頭のおかしい大量殺人者ではないか。それをヒーローとして描くのはいかがなものか。
いや、私はおおまじめにこのように主張したいわけでなく、こんな風にもいえるのだから、誰にも線引きはできないのだから、レミーさんのようなアングラ物件だけを目の敵にするのは間違っているということです。
レミーさんが起訴された直接の論拠は、拷問グロ描写の中でもとりわけ衝撃的な『流血子供』なんだが、確かにこれはなかなかすごいんだが、じつはこの子役はレミーの映画に出ているモデル女の息子である。ママの承諾を得て、出演をしている。これに関してママはこういっている↓
「テレビや映画ではジャンジャカ殺人場面が出てくる。子供たちは常にそれを見ている。でもうちの息子は、この映画に出演したことによって、『あー、テレビの裏側はこんな風につくっているんだな』と理解することができた。ゆえに、本人にとって有意義な体験だった」
これは筋道が通っているように私には思える。Rodorigo Gudinoがいっているように、ホラー映画を危険視する方々は「映画がなかった頃には残虐な殺人はこの世になかったのか。映画によって殺人者は増えたのか」という点を科学的に立証すべきではないか。そこが証明できない限り、「ホラー映画のグロ描写は犯罪を誘発する」という主張は、オカルト信仰に等しいのではないか。
Reality - ゴア表現の写実性
上に書いたようなことを力説しても、ホラー映画を危険視する風潮は後を絶たず、レミーさんのようなスケープゴートが出てくるのはじつに嘆かわしいことである。ゆえに、私はもう少し粘り強く、この話題を掘り下げてみたい。わからんヤツはバカ。というのはいつでもできる。
この映画には、『Aftermath (1994)』のナチョ・セルダ監督も出てくるんだが、彼のいうことは興味深い↓
Nacho Cerdà: I had to be realistic about what's going on. I wanted to do my own research on how autopsy perform. I couldn't get away from what I saw. What I saw was exactly what is on screen except the fact of raping. But in everything else, I tried to be respectful and quite scientific in my approach.
Nacho Cerdà: I didn't want to do kind of Grand Guignol film.
「ぼくは映画をつくるために検死の現場を取材し、その通りにつくった。レイプ場面は除くが、それ以外の場面は科学的な観察に基づいている」
「『Aftermath (1994)』はグランギニョール映画のような(つまりゲテモノ見せ物的な)意図はまったくない」
だそうである。徹底的にリアリティにこだわって製作された『Aftermath (1994)』を見て憧れたレミー・コートレもまた現実味を重視し、それが自分の映画には必須であるという。そして、レミーさんが逮捕されたのは、その作品に『現実味がありすぎた』からである。私はこの『現実味』というワードに注目して話をしたい。
ここで彼らが求める『現実味』というのは、つくりものとしての現実味であるという点を人々は理解すべきである。ナチョ・セルダは「死体を使うなんてとんでもない」と即座にその可能性を否定し「だから特殊メイクが重要なのです」といっている。この点を踏まえた上でひとつの質問を提出しよう↓
「変態殺人者はつくりものであると知りつつそれを見て興奮するのか?」
私はキチガイのきもちをわからないから、この質問に対する回答はわからない。でも、この質問なら答えられる↓
「現実味あふれるグログロのホラー映画を見て喜んでいるホラーファンは、本物のスナッフを見て喜ぶか?そもそもそんなものを見たがるか?」
喜ばない。ホラーファンはそんなの見たくない。つくりものとわかって見てるからおもしろいのである。そこをわからないひとは「つくりものとわかっているのに、なぜリアリティを求めるのか」と訊くだろう。でも、私らにとっては、つくりものだからこそ現実味が欲しいのである。ウヒョーって驚きたい。このファン心理をわかってくれとはいわないが、せめてほっといてほしい。
これに関して、J・T・ペティは『S&Man (Sandman) (2006)』のラストで次のような回答を出している↓
J.T. Petty: The audience that is watching a snuff movie doesn't question its reality. But when you watch a horror movie, you want it to be real. Because you know it's a fake.
「スナッフを見るひとは映像のリアルさに疑問を差し挟まないだろう。しかし、ホラー映画を観るひとはリアルであることを常に求める。なぜなら、彼らはそれがニセだと知っているから」
Inner Depravityというサイトのファンの中に、本式の変態快楽殺人者(将来そうなる可能性を秘めているヤツも含む)がいたのかどうか、そこを確かめれば白黒はっきりするが、これは簡単にはわからない。キラーは自分でそのように名乗らないから。これについてレミー・コートレはこういっている↓
Rémy Couture: The title Inner Depravity tells it all. It's an inner perversion that's pushed to the limit. These are not my own impulses incorporated into my art. We can't identify the people who visit this type of site. I receive a ton of emails from different groups of people like horror fans or serial killer enthusiasts. It's hard to filter. Are the people who likes this type of crime likely to visit my website? I don't know, and I don't think so. I think a person with impulses that go at that level will look for something real. They want to see a real person suffering. I doubt they want to watch someone act like they're suffering. Otherwise, you could say that any horror film with a realistic feel could influence, could arouse someone with a sexual deviance.
「Inner Depravity(内なる腐敗)というタイトルは端的に物語っている。これは内的な異常性を極限まで伸長するという意味合いだが、ぼく自身の衝動を具現したものではない。この手のサイトを訪れる人々の傾向を特定することはできない。ぼくはたくさんのメールをもらう。ホラーファンだったり、シリアルキラーに強く興味を覚える人だったりするが、彼らをフィルタリングするのは難しい。この種の犯罪行為を好む人はぼくのサイトを見るんだろうか。わからない。でも見ないと思う。こんなレベルの犯罪を実際にやらかすようなヤツラは、本物を見たがるんじゃないかな。彼らは演技なんか見たくないんじゃないかな。でなければ、残酷描写がよくできたホラー映画のすべてが、人々を異常な性犯罪に駆り立てているということになってしまう」
殺人者の心は窺い知れないから、私らはそれを想像するしかないけれど、本式の変態的快楽殺人者というのは、現実味なんてハナから気にしないんじゃないかな。彼らにとっては「現実味があるかどうか」ではなく「スナッフかどうか」だけなんじゃないかな。「現実味がある」「ほんとみたい」「よくできている」というのは「本物である」とはまったく次元が異なる話である。そこがわかれば、ホラーと犯罪を結びつけるのはいかにオカルトぢみているか、おのずと知れるのではないか。
ナチョ・セルダ
Nachoさんは他にもイロイロしゃべってておもしろい。あのトリロジーは『Aftermath (1994)』の強烈グロ描写ばかりが先行して語られることが多いが、彼の意図においては「3部作なんだから3部作の意味があるんですよ」といっている。本人的にはまとめて俯瞰して評してほしいらしいです。
『Graphic Sexual Horror (2009)』もおもしろいですよ
『Art/Crime (2011)』は以前レビューを書いた『Graphic Sexual Horror (2009)』に一見すると似ているが、その状況は似て非なるものである。あちらはSMマニア向けのアングラサイトINSEX.COMの運営者がHomeland Securityに文句をいわれて、サイト閉鎖に追い込まれる話だが、これに出てくるpdという男は真のSM快楽求道者である。つくりものにこだわるレミーさんとはまるで違う本物志向。この男もレミー・コートレに負けないほどに凝り性で、様々なSM装置やら凝ったセットをこしらえたんだが、彼にとってこれらはすべて道具に過ぎず、その目的は快楽をシェアすることだった。pdさんがレミーと会ったらなんていうか、非常に興味深い。おそらく一定の尊敬を払いつつ、「おれとおまえはぜんぜんちがう」っていうんじゃないかな。どちらの映画においても、ビジュアルのインパクトはただならぬ迫力がある。
ルーマニアとトルコがアクセス一番多かったそうな
Inner Depravityが最盛期だった頃、ルーマニアとトルコからのアクセスがダントツに多かったそうな。この2国で8割を占めていたというからすごい偏りである。どうしてなのかわからない。レミーさんにもわからない。そういうわけなので、Inner Depravityを危険視する方々は、ルーマニアとトルコの2国に対し、徹底攻撃をしかけなければいけませんよ。入国禁止!国交断絶!ルーマニア人とトルコ人は精神鑑定を義務づけろ!変態国家め!とキャンペーンをやらないといけないと思いますよ。Inner Depravityが犯罪的だと信じるならば、そっちに住んでる人はみんなヤバいってことになるじゃん?
Censorship - 検閲
『Art/Crime (2011)』には日本の映倫/アメリカのMPAA/イギリスのBBFCにあたるような審査団体は出てこない。団体名も関係者も出てこない。カナダにはそういうのが存在しないのだろうか。私は不勉強ながらそこらへんの事情はよく知らないので、詳しい人は教えてください。
審査団体は出てこないが、今回起きた事件は明らかに「国家権力による検閲」である。これに関して、『Thanatomorphose (2012)』のエリック・ファラードー監督は次のように述べている↓
Éric Falardeau: With this case, they're saying: You can't do certain things. Or, we arrest someone to make you realize, you should be careful about what you show. It's a form of censorship that's devious, hypocritical, designed to scare people and push them to self-censor and wonder: Will there be problems? Should I always put a legal notice? Do I need advice? Will someone file a complaint in 2 years? Self-censorship will be a key factor. There's people who have a harder time defending their work. Some people can debate, others can't. Some people's work is easier to defend than others. What's going on at the moment is designed to scare rather than to put someone behind bars.
「今回の事件は、我々を自己検閲へと導くための周到かつ偽善的な警告である。 ここまでやったらマズいかな。誰かに相談しようかな。そんな考えがいつも頭によぎるだろう。我々は『self-censorship(自己検閲)』をするようにしむけられる」
じつに陰険な手口である。エリックさんは他にもたくさんしゃべっているが、『ギニーピッグ』『失楽園 乗馬服女腹切り』といった日本のアングラホラーについても触れている。詳しくは映画でどうぞ。
みんなも見よう!
超ロングなエントリを最後まで読んでくれてありがとう。私はこの映画を見たらいろんなことが頭にわいて、ぶわーと書いたら、こんなに長くなった。記事の中でたくさん引用をしたが、これらはまだほんの一部なので、この記事を読んで映画を観たきぶんになってはいけない。実際に見たら、この問題に関し、私とはまたちがったあなたなりの感想/着想/結論を得られるだろう。私は、『マニアック』の件以来、思い続けてきたことがあり、じつは映倫関係のこともイロイロと書いたんだが、迷った末に割愛することにした。このエントリは『Art/Crime (2011)』というドキュメンタリ映画を紹介するのが目的である。あれもこれも書き足すと主旨がぼやけてしまう。映倫の話はまた別の機会に出す。出すときには確定案件として出す。この映画を見たら、本当に他人事ではないと思った。いろんなことを考えるきっかけを得た。これをつくったひとはえらい。
読者プレゼントできるかも
まだブツが届いていないので確定ではないが、この映画の版元が読者プレゼント用のDVDを何枚か送ってくれるというので驚いた。ほんとにくれるのかね。もし本当にもらえたら、みなさんに差し上げたいと思います。決まったらお知らせします。私はこの映画のDVDをまだ手元に持っていない。オンラインでスクリーナーを見せてもらった。スクリーナーでは、フランス語の部分は英語字幕つき。英語の部分は字幕ナシだった。製品版のDVDではどうなっているのか知らない。ブツが届いたらまたお知らせしたいと思うが、気になる方は版元に直接訊いてください。リンクをもういちど。『Art/Crime (2011)』のDVDは、以下で買えます↓
日本語のページもある↓
このDVDには日本語の字幕はついていないが、わざわざこういうのをつくるっていうのは、日本のみなさんも見てくださいよって思っているんですねきっと。
画像イロイロ
Memorable Quotes
Joseph Elfassi: By making his work illegal, they stifled Rémy as well as his models. Many of them felt it was a privilege to work on something so different. Some people may disagree, but it's creation, it's art, it's fiction. Making it illegal is censorship. I can't see anyone benefitting from this, but many people can get hurt.
Éric Falardeau: In my opinion, this type of complaint may become way more common. This debate will return simply because Rémy Couture's work was available on the web. It was seen there. And there are no global laws at this time. There are no worldwide laws in regard to Internet content. It's on a case-by-case basis, country by country. In places like Canada, it's very vague. Nothing's been defined. There's a legal uncertainty for the authorities, too. They're not sure how to treat the complaints. Today, cinema supervisory boards, customs and the like don't really have control over these matters anymore because you can download things like the Japanese series Hara-kiri with a single click. Before, it had to go through customs and it could be intercepted. Same thing for another Japanese series called Guinea Pig. Buttgereit's movies were often held back at customs. You'd have to buy bootlegs, trade tapes with other fans or rely on classifieds in specialized magazines. It wasn't always the right sleeve. There were ways to sneak that stuff in. The internet brought changes. It's all different now. You can't control it. When a citizen files a complaint depending on what is presented depending on where it happens and the relations between the countries it will most likely go farther or at least get looked into.
Richard Begin: What's happening with Couture's work illustrates one thing: There are models. The cinematographic model for his work is the horror film. We often hear, Rémy Couture says it too, that they're condemning horror films as a whole, and it's not the case. They simply refer to a model which changed in 2 ways. First: the narrative aspect. Torture porn appeared a few years ago. "Saw", "Hostel", "Frontier(s)". These films display a series of torture scenes almost in a pornographic manner. There are no legal problems since they're seen on the big screen, which brings me to the second problem. The material is no longer confined to the big screen. The movie theatre creates a separation. It allows you to say "I'm a spectator. It's a show. It's okay." With internet, the spectator interacts with the images. He propagates them. These images could come from a torture porn film seen on the big screen. But it's now in a state of immediacy. In other words, you watch these images at home. This causes a new problem.
Rémy Couture: It leaves no one indifferent. Everyone wants to know what's going to happen if I'm found guilty. What will be the repercussions? They're judging art, although they'll contend it's not. We'll prove in court there's an artistic approach. The goal isn't to promote or glorify murder. I've heard that before, and it's ridiculous and defamatory.
Patrick Senécal: We can't be more responsible that the viewer. The viewer has to be responsible and know his limits. The creator can't be more responsible than him.
Robert Morin: There will always be people who are not courageous enough to "not look". To say "I've had enough. I won't look at it." They go, "Get it out of my sight. I want to look that way." That's the ridiculous thing about censorship. People aren't accountable. The State has to remove the ugly things.
Robert Morin: It goes unnoticed, but they're attacking on freedom of expression. It's done under the presence of protecting the kids. But kids don't want that.
Éric Falardeau: It's not really a legal matter. This battle has been fought before in other countries. Even here, but in an indirect way. In couture's case, the questions are in fact moral and ethic ones. They're taking the wrong approach and the debate is drowned in sensationalism.
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Art/Crime | |
2011年 | |
カナダ | |
2011年7月28日 (カナダ) (Fantasia International Film Festival) 2012年9月28日 (アメリカ) (Oakland Underground Film Festival) 2013年10月27日 (アメリカ) (Housecore Horror Film Festival) | |
imdb.com :: Art/Crime |
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