小説|黒い夏|ジャック・ケッチャム著
身勝手ナルシストの暴力者がキラーになる瞬間。フラワームーブメントまっただ中のアメリカを舞台にドス黒い暴力を描いた破滅小説。原題『The Lost』。扶桑社ミステリー。2005年翻訳刊。
※この小説の映画版のレビューはこちらから↓
殺人者がいた。殺人者は出会ったばかりのふたりの女の子をライフルで狙い撃ちした。「レズビアンだから」「金持ち女は気に食わん」というのが襲った理由である。ひとりは即死。ひとりは植物人間になって生き延びたが、警察は犯人を捕まえることができなかった。殺人者は自分の恋人と子分を恐怖で縛りつけ、家来のように従わせ、罪を隠すことに成功した。名前をレイという。
4年後。
殺人者レイは4年前に撃った女が病院で死んだというニュースを見てガハハと笑った。彼はドロップアウターだが、家業であるモーテル経営を手伝うという表の顔がある。親にもらえる給料に加え、ウラのヤクバイビジネスの実入りがあるから遊ぶカネには困らない。レイは顔がいいからモテる。陰りのある美少年顔にメイクをほどこしてワルぶりを強調する。ルックスは抜群のプレイボーイだが、背が低いことをすごく気にしている。かっこいいブーツを入念に細工し、身長をごまかしている。身長さえバレなければ世の中のオンナはぜんぶ自分になびくと思っている。自慢のシヴォレーを乗り回して遊び暮す日々。オンナとヤクとパーティ。
暴力者/殺人者/身勝手/かんしゃく持ち/オンナ好き/支配欲が強い/罪悪感の欠如/自己愛に満ちたナルシスト/都会女性や同性愛者を憎悪する/身長や学歴に関するコンプレックス/虚言癖。要するにバカな危険人物。
レイは反社会エキス満タンの病質者だが、初対面の相手には自分の本性を隠すテクを使う。格下の相手には優しいお兄さんぶったり、警官などにはしおらしい態度で敬語を使い分ける。そして気を惹きたい相手にはワルぶったウソをつく。だが、どんな相手でも彼と一定期間を過ごすと「コイツは異常だ」「嘘つきだ」とバレちゃうのだが、彼がいつキレるかわかんないからだれも文句をいえない。だからレイは王様みたいにふんぞり返っちゃう。
世の中にはダメ男を選んでついていっちゃう自虐女というのが大勢いるが、レイの恋人のジェニファーはモロそんなタイプである。レイは彼女を「性欲を満たすアクセサリ」くらいにしか思っていないが、彼女のほうは「レイがほんとにすきなのはこのわたし」と自分に言い聞かせ、浮気と暴力に耐えている。そしてティムっていう少年がいて、レイのほうは彼をパシリとしか思っていないが、ティムは「ぼくはレイの親友だ」と信じている。気弱なふたりの家来たち、ジェニファーとティムだけがレイが殺人者だということを知っている。
この閉鎖的な田舎町にレイがわくわくするような都会ギャルがやってきた。いちどにふたりも。ふたりとも美人で頭がよくてイカしてるんで、レイはやっきになって彼女たちの気を惹こうとするんだが、田舎女をハメるようには進まない。いつもなら石コロを拾うみたいにsexできるのに、こいつらは思い通りにならない!くそォ。レイ様をなんだと思ってるんだ!
Spoiler Alert!!!
ネタバレ注意!
※まだこの小説を読んでない方はここらへんでやめといたほうがいいかも。上に書いた導入で「オッ」と思ったあなたにはオススメです。そんなヒデ−話はイヤ〜というひとは読まないほうがよいです。
お話の続き。
最初に声をかけた女の子にはウスッペラなウソを見破られて相手にしてもらえなかった。レイはドス黒い怒りを溜めた。自分をコケにした相手を『いつかブッ殺す』リストに入れ、標的をもうひとりのギャルに切り替えた。こっちのほうが本命なのである。本命ギャルのほうはさいしょのうちはうまくいった。いっしょうけんめいに彼女のきげんをとるレイはケナゲといえないこともない。上質のヤクを用意しなくちゃと奔走するその姿は、天皇陛下をお迎えする最上級ホテルの支配人のようである。だが、結局こっちもだめだった。なんだかんだといろいろあって、決定的にヘタクソをやっちゃったので相手にしてもらえなくなった(このヘタクソぶりがまたおもしろい!)。いつも女をボロクズみたいに捨ててるレイが、続けて2度もフラレたんである。おもしろくないどころの騒ぎじゃない!このあたりから狂人インジケーターはグワーンと上昇。核をポケットに入れたテロリストみたいな顔つきになってくる。
そしてさらに追い討ちをかける出来事が連続発生する。まずはレイを追いかける刑事の存在である。チャーリーっていう刑事がいて、彼は4年前の女の子射殺事件の犯人がレイだと信じている。いつか尻尾をつかんでやるぜと粘着し、レイのパーティを邪魔したり、ふたりの家来に揺さぶりをかけたりする。せいぜい神経を参らせてやれという作戦である。この刑事の存在にキーッとしちゃったレイは、こんどは恋人のジェニファーに思わぬ仕打ちを受けた。自分のドレイだと思ってた長年の恋人から「あんたなんか嫌いだ!」といわれちゃったんである。ここまで物語を読んできた私たちはガッツポーズだヨ!
時代はフラワームーブメントであり、女優のシャロン・テートがマンソンファミリーに惨殺されるという大事件が起こった。このワイドショーネタは世界的な衝撃だったので、噴怒者レイが陰惨な殺人手法をニュースで知り、こりゃスゲーと畏怖の念の覚えるのは自然な流れといえよう。
てわけで、レイは最低最悪ゲロまみれとなり、彼の虚飾は完全に剥がされちゃったのであり、悪のヒーローだったレイはだれにも相手にしてもらえなくなった。狂人は文字通りの狂人と化す。隠しておいた銃を手に持ち、自分をバカにしたヤツラを殺して回り始める。もはや彼は罪を隠蔽しようなんて考えてはおらず、ただひたらすらに殺戮をするキチガイとなった。陰惨なラストまで一直線。
※感想
ジャック・ケッチャムの『隣の家の少女』の映画版を見たときには原作を読まなかったのですが、The Lostのほうは映画の前に原作を読んでみました。レイがどんどん追い込まれて冷や汗ダラダラになっていく後半パートがよかった。ポンプをギューッと押してるみたいな雰囲気。レイが怒りの燃料を溜め込んでいって、ドッカーンと破裂する直前ギリギリの臨界点っていうんでしょうか、そこらへんの描写が生々しくて陰惨でした。タナトスに満ちているというか。『核爆発するシリアルキラー』ってかんじでした。脇を固めるみなさんの描写もそれぞれ練られていて、うまいなーと思いました。
レイは『精一杯背伸びをしているチンピラ』ですが、こういうのってだれにでもあると思うんですよネ。わたしにもあなたにもそういう部分は多少なりともあるんじゃないでしょうか。カッコをつけるために話にオヒレをつけちゃうレベルはよくある話だけど、ふつうは殺人まではやらない。理不尽な理由で暴力に駆られるときはあっても正常なら我慢する。ココまでやったら異常者だっていうのを冒頭でガツーンと見せてもらえるので、「レイってイカレてんなー」という点がよくわかっていいなと思いました。
冒頭で撃たれた女の子のひとりは暴力カレシに悩んでいて、それで頭を冷やすために親友といっしょにキャンプにきてたんですよね。「別れなよー」「わかってんだけどサ」「もっといい男いるってば!」なんていう話をしてる最中に、ウサギみたいに狙い撃ちされちゃった。この設定、いいですね。
さて、これから映画のほうを見ようと思います。どんなふうに映像表現されているのか楽しみです。特に後半のレイが壊れていくところに注目してみたいです。
※後から追記。『黒い夏』の翻訳者である金子浩氏のブログがあったんでリンクしときます。こちら↓
もうひとつついでに。amazonのレビューにも書かれてありましたが、明らかな誤植(誤訳でない)がいくつかありました。私が購入した文庫本の奥付を見ると第1刷になってるんで、あんまり売れてないのかな。増刷するんなら直してほしいですよね。好きな作家の本にこういうミスがあるとガクッとしちゃうんで。
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