2010/12/15 (Wed) at 10:59 am

小説|半島を出よ 村上龍 著

九州博多に北朝鮮の武装テロリストが攻めてきてびっくりするお話。村上龍。2005年。

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ある日、とつぜん、福岡に北朝鮮の武装テロリストがダダーが攻めてきて、住人を人質にし、不当に占拠し「な、な、なんすか!」と思ってるうちに、ヤツラは有利な戦略拠点をやすやすと確保。間もなく、日本政府と博多の住民に向けたメッセージが発表される。こんなの↓

「今日から博多の町を独立国とします。住民のみなさんはご心配なく。わたしらのルールに従ってもらえばいいんですよ。わたしもアナタもハッピーになれます。どうぞよろしく。以上」

なんてことをいうんだが、その言葉のウラには、

従わない者は死刑!

という脅しがあるのは明瞭である。「んな、アホな!こんな暴力が許されるわけがない!」と動揺するんだが、福岡市民はだれにも助けてもらえず、別の国家に取り込まれてしまう。こんな出来事がほんとに起きちゃうかもヨという小説が、村上龍の『半島を出よ』です。

こんな非常事態に、日本政府はおそろしく無能である。政治家たちは「法律の解釈」について議論をするだけ。テロリストと闘うどころか「ヤツラは敵だ!」と呼ぶことさえできない。相手を『敵』と公言してしまうと、すなわち「闘うこと」をやらなくちゃいけなくなるからここはひとつ慎重に、とかいってるんだが、要するに、なんにもできないのである。交渉もしないし、闘うこともしない。

日本という国家は、アメリカにも、中国にも、韓国にも、国連にもバカにされ、うだうだやってるうちに、敵はどんどん政治的な手を打ってきて、日本人はオロオロするばかり。

いつの間にやら、博多の地方自治体/地方警察のみなさんは、テロリスト軍団の手先になっている。そうするしか彼らは生き残る手がなかったからそうなったんだが、この小説を読んでない人は、

「いくらなんでも、人間はそう簡単にプライドを捨てられるもんだろうか?」

と思うだろうが、私もそう思いつつ読み進んだのだが、これが村上龍の筆力でぐんぐん脳に攻め込んでくるよ。民間人も役人も警察も、博多じゅうがストックホルム症候群にかかったような調子で、熱病に冒されるように相手ペースになってしまうのである。北朝鮮のヤツラは、恐怖を植えつけ、同時に礼節を見せ、人々を懐柔することに長けているのです。

このままいくと博多はほんとに独立国になっちゃうんじゃないか。ありえない出来事がほんとうに起きてしまうのではないか。と思わせる小説的なリアリティがある。

『半島を出よ』が出版されたのは2005年で、その舞台は2010〜2011年。武装テロリストの第一陣の9名が博多に上陸したのは、2011年4月ということになっている。来年だ!

近年、日本はヤラレちゃってるじゃないですか。北方領土にしても、竹島にしても、うだうだとやってるうちに既成事実を一方的につくられ、小刻みに国土を失っていったら、しまいに日本という国はなくなっちゃうんじゃないかという気がするんだが、そういうムードに似ている。なしくずし的にそうなっちゃう。みたいな。だからこの設定は現実味がありますね。

さて、小説のお話に戻ります。

日本人として目を覆うほどに情けない状況、闘わずして負けているという無為な日々が過ぎ去るなか、ゴミとバクテリアの山から新生物が誕生するように「テロリストをやっつけよう!」というグループが自然発生的に形成される。こちらは、少年ホームレスの集まりであった。

少年たちはすべて無国籍者で、社会不適応者で、放火/殺人といった重犯罪を犯した過去がある者ばかりで、毒ムカデやカエルを大量に飼育しているとか、殺人ブーメランの達人とか、爆発物マニアとか、武器マニアとか、元カルト教団とか、物騒な趣味を持つ子供たちなんだが、その会話を聞いていると、暴力的な集団ということはない。他者とのつながり方が理解できなくて、どこにも属すことのできない老成した子供たちの群れ。というかんじ。

彼らは家庭や学校に居場所がなく、社会から逃亡し、漂流生活をやってるうちに、『イシハラ』という名のカリスマ男に魅せられ、その場所に住みつくようになった。元々は戸籍があるんだろうが、だれひとり自分の戸籍なんか知らないから、知らないということは無国籍者と同じである。無人倉庫に住みついて、ノラネコみたいに生きてきた彼らは、北朝鮮の武装テロリストのニュースを知り、初めて、明確に人生の目的を得た。これすなわち、

ヤツラをブッ殺す。

という一点のみであるが、ここでいっておかねばいけないのは、彼らはヒーローになりたくてそれをやるわけではないという点である。彼らの動機というのはひとくちに説明するのがむずかしくて、そこらへんがこの小説の妙なのでぜひ村上文体を味わってくださいと思うが、まるで動物が攻撃本能によって動くように物事を決定しているんですね、こいつらは。だれかを助けたいとか、そういう気はまるでないのです。とにかくやらねば、という調子。

子供たちの魂の雄叫びというのは『コインロッカー・ベイビーズ』の荒々しさ/疾走感そのままで「村上龍ってすごいんだなあ!」とおもった。小説どうこういう前に、人として、すごい。まったくブレてない気がする。30年も経ったら人間はいうことも変わるし、180度自説を転換するひとも珍しくないけれど、このひとはまったくブレてない気がする。子供たちの心理描写はほんとうにシビレた。どうしてこんなに愛情にあふれた文章が書けるのだろう。『コインロッカー・ベイビーズ』を初めて読んだときのきもちが思い出されて、涙が出た。

ちょっと冷静に。。。

つっても『コインロッカー・ベイビーズ』を読んだのは大昔なので、いま読んだらまた印象がちがうかもしれないという気もする。近々再読してみようかなと思う。確認する意味で。

ま、類似しているかどうかはともかく、今回この子供たちの相手は北朝鮮の武装テロリストで、いくら普通の子供に比べて特殊であるとはいえ、しょせんは子供である。まともに闘って勝てるわけがないんだが、これがじつにハラハラドキドキの展開で、最後までガガガーと読ませてくれるんですよ。

村上龍はこの小説を書くにあたって、すごい量の取材と勉強をしたそうで、あとがきにいろいろと書かれてあるし、ものすごい数の参考文献リストがあってびっくりする。北朝鮮事情/政治経済/歴史/国際情勢/金融/武器/火薬/爆破物/毒ムシの知識/等々。多岐に渡る分野の専門用語がズラズラ出てくるんだが、それは専門知識をひけらかすような書き方でなく、ちゃんと小説の主題があって、その補強材料として取材成果を使っているという風だからいい。むずかしいことをわかりやすく書いてある。

初読みの段階では、とにかく先が知りたくて荒っぽい読み方をしてしまったんだが、いろんなところに伏線が張られているように思えたので、こんどはじっくり2度読みをし、「この文章とあっちの台詞はつながってるな!」とか、精妙なところを深く知りたいと思う。

この小説には『主人公』という概念がないみたいだ。北朝鮮の兵士たちも、総理大臣も、ホームレスの子供たちも、博多の一般人も、すべての人々が、ひらたく『当事者』として描かれている。だれに関しても、そのひとの視点/感情/立ち位置というものが描写されるが、客観的というほど冷淡でなく、村上龍はすべてを俯瞰し、平等に愛情を注いでいるみたいだ。数々の私小説が折り重なったようなものというかんじかなあ。

ホームレス少年の中に、高層建築物に異常な興味を抱く子がいるんだが、そいつのきもちについて書かれた部分を引用↓

ヒノは高層ビルが好きだったのだそうだ。空に向かって延びて、少しずつ形を整えていく高層ビルは生きているのだと思っていたらしい。まるで生きもののようだと思ったのではなく、本当に生きていると思ったのだ。だってね、もし宇宙人が建築中の高層ビルを見たら、きっと生きものだと思うはずだよ。ヒノはタテノにそう言ったことがある。ヒノによると、高層ビルの電気や給排水や空調の配管は人間の血管や内分泌腺にそっくりなのだそうだ。

『半島を出よ』上 p.95〜96

都会に暮らすひとは、ちょっとくらいは似たようなことを感じる瞬間があるのではないだろうか。「宇宙人から見たら、ビルと大きな植物の違いって明確にわからないんじゃないかな」と思うことは私もよくある。ま、ヒノほどフェティッシュに執着する人は珍しいだろうけど。

ヒノという少年が高層ビルを見ているのと同じ感覚で、村上龍は自身の小説を見据えているのかなと思った。小説に登場する人物たちはビルを構成する因子で、ヒノ流にいえば、それらは人体の内臓で、巨大な有機体を構成する部品群に過ぎないんだが、かといって軽視することはなく、そのひとつひとつは生身の人間なんですよ、というような視点が感じられた。

村上龍の本を読んだのは『コインロッカー・ベイビーズ』と『イビサ』以来であった。てか、他にも何冊か読んだけれど、この2冊以外はぜんぶ忘れてしまった。「この2冊さえ読んでおけば、村上龍はヨシ!」と勝手に決め打ちしていたんだが、『トパーズ』あたりからだろうか、彼はやたらとテレビに出るようになり、評論家くさいことをいいだすようになったので、こいつはだめになったと勝手に決めつけちゃっていたんだが(どうもすません)、今回、ナニゲに気が向いて『半島を出よ』を読んでみたのだけれど、じつによかった。

あとがきの彼の文章を読んだら、(当たり前のことかもしれないが)村上龍はいつもいっしょうけんめい小説を書いているんだなあと感動した。自分でなにかをこしらえ、ホイと世間に掲示するのはものすごく勇気が要ることである。こんなチンケなブログを書いている私でさえ、けっこうどきどきするくらいだ。

私は売れっ子になったことがないのでその心理を想像するしかないんだが、きっと売れれば売れるほど自身のハードルは高くなっていくのだろう。その重圧に耐えきれなくて消えていくひとを世間は「一発屋!」と笑うが、それはひとつの現象として笑って見てればいいと思うが、その本人にしてみれば、台風が襲来するような怒濤の経験なのだろう。なんていう心理は想像するしかないのだが。。。村上龍はどんどん上がるハードルを相手に勝負をしてきたんだなあとおもった。んで、私もこんな風に勝負をする大人になりたいとおもった。いや、もう大人なんだが、いまからでもこういう大人をめざそうとおもった。

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