PV3,697

!!!! SPOILER ALERT !!!!
!ネタバレ注意!

ネタバレ注意!SPOILER ALERT!

本ページは『映画|怪談蛇女』のネタバレ全開です。この映画の普通の(ネタバレのない)レビューはこちらにあります↓

ネタバレあらすじ

「明治もまだ浅い頃、北陸の片田舎、深い山々が荒涼たる日本海に断崖となって迫るあたり、ここ大沼部落にはまだ文明開化の波もまだほとんど及んでいなかった ... 」

というナレーションで始まるオープニング。

寒々しい貧乏村のようすが映し出される。村人たちはいつも腹ペコでひもじい思いをしているというのに、金持ち地主、大沼長兵衛(河津清三郎)は毎日おいしいものを食べて、きれいな着物を着て、みんなをいぢめて、わっはっはーなのだ。ひどいやつである。

地主の馬車が田んぼのあぜ道を走って行くと、そこにかわいそうな男が出てくる。必死顔で馬車にすがりつき「おらの畑をとりあげねえでくだせえ。おねげえしますだ」と直訴するのであるが、冷血地主は当然ながらシカトである。大沼長兵衛にとって、貧乏小作人など田んぼのカエル同然の存在なのだ。ケッ。

シカトされた男は、弥助さん(西村晃)という。彼は地主に借金があって悩んでいる。きっと家族の食べ物のためにやむにやまれず借金をしたのだろう。冷血地主は高い金利をフッかけて、畑をとりあげる魂胆なのだろう。

哀れな弥助さんはムシケラ同然の扱いを受けようが、決して弱音を吐かず「おら、土をかじってでも、借金をぜったいかえしますだ!旦那様にめいわくかけないだ!」と夜空に誓うのであった。まさに、骨の髄まで小作人、である。

余談だが、西村晃といえば『水戸黄門』である。黄門様の西村晃はおきらくに全国津々浦々旅をし、フォフォフォと高笑いをしつつ、全国の貧乏人を助けて回っていたが、この場面を見て「大昔にはこんなヒデー目に遭っていたのか、そうだったのか」と胸を熱くするひとも多いのではないだろうか。

その後まもなく、弥助は病死する。死ぬ間際まで借金の心配をしている男であった。残されたのは、妻すえ(月丘千秋)と一人娘のあさ(桑原幸子)である。

冷血地主は道楽息子の武雄(山城新伍)を連れ、葬式にやってきて、形ばかりの線香をあげると「借金のことだがね、あの畑は返してもらうよ」と無慈悲なことをいい、心配する母と娘に「おまえらはうちにきて働け。それで給料天引きにして、借金返せばいいだろ?10年も働けばいいんじゃね?」などというのであった。

夫をなくした妻と、父をなくした娘をとっつかまえて、生き血を吸うようにタダ働きさせようというのである。これを冷血と呼ばずしてなんといおうか。

母娘はいわれるままに地主の家に移って、住み込みで働き始める。朝から晩までコキ使われてヒーヒーいってたら、母すえは地主、長兵衛にセクハラされ、さらに、その妻、政江(根岸明美)も出てきて、こっちはサディスト冷血ババアで、なんのかんのといぢめられ、しまいにイビリ殺される。

殺されたすえは生き物を愛する優しい女で、彼女がいぢめられるきっかけになったのは、人間にいぢめられるヘビを守ろうとしたからだった。カメを助けた浦島太郎みたいに「やめてやめて逃がしてあげて」つったら「このヘビ女め!」とかいわれてしまうの。以来、ヘビがこの映画のこわがらせ道具としてちょくちょく登場するようになる。

さて、すえが死んで、残された娘、あさちゃんは気も狂わんばかりとなる。パパが死に、ママも死んでしまったいま、生きていたってしようがないわ。ぐずん。と思ったところで支えてくれたのが、貧乏村の百姓青年、捨松(村井国夫)であった。彼は「おら、おめえをおよめさんにもらうんだ!いつか助けてやるだ!」とかいうんで、それだけがあさの心の支えであった。

したら、こんどは、あさは道楽不良息子、武雄(山城新伍)にとっつかまって、てごめにされる。武雄は縁談話が進行中で、近々きれいなおよめさんをもらう予定だが、この不良男にとっては、村の娘をてごめにするなど、落ちてるリンゴを拾って食うくらいのもんであろう。

武雄はその後もあさにまとわりつき「おまえはもう傷もんなのだ。捨松のヨメになんかなれっこないのだ。だからもういっぺんヤらせろ。うりゃうりゃ」と追いかけ回す。「わかだんな、かんにんしてくださいいいいいい」と泣いて逃げたが、またまたヤられちゃう。

ボロクズきぶんで、あー、もう涙も枯れました、と放心していたところに捨松が登場。真相を知ってガガガーと逆上した彼はヒデー台詞を吐いてしまう。

「くそぉおおお!どうしておまえは死んでも逆らわなかったんだ!相手を殺すくらいに最後まで抵抗すべきだったのだ!」

なんていわれたあさは、もうどもならんくなり、死んだママのオバケに導かれて自殺する。捨松は大後悔したが、もうあさちゃんは戻ってこないのである。

※この場面の捨松の台詞はいまの時代にはかなりへんに聞こえますが、当時においては「女の処女は死んでも守る!どうしてもだめなら舌を噛み切れ!」ていう価値観が当たり前だったのですね。昔の映画はこういうシーンがよくある。

さて、冷血地主一家にとっては、ムシケラ同然の使用人が死のうがどーってことはないのであり、彼らの目下の関心事は、息子、武雄の縁談である。仲人の村長さん(伴淳三郎)が家にやってきて、へんなお笑いをやって、ウケケと笑って、さてさて、白無垢のおよめさん(賀川ゆき絵)がきましたよ。

結婚式。

そこに、捨松がうぉおおりゃあああああと乗り込んできて、大騒ぎになるが、彼は地主の子分たち(室田日出男 他)に追われて、崖から転落死。

てことは、真相を知る者は全死亡したってわけで、地主一家にとってはじつにおさまりのよい具合であり、かわいいおよめさんもやってきて、邪魔者は死んで最高ではないか、これからも貧乏人をいぢめてたのしくいこう!わっはっは!と考えていたところで奇怪な出来事が起き始める。

新婚初夜。

エッチ大好きの道楽息子、武雄は清楚なヨメの姿に欲情し、イヒヒと抱き寄せ、いっちょうやりますか、と思ったら、なんとそのヨメの肌が醜怪なヘビのウロコに覆われているではないか。

ひぇえええと恐れをなした彼は、その後もしばしば奇怪な幻影やらオバケやらを見るに及び、しまいに狂死した。花嫁さんは狂った武雄に首を絞められて殺されかけたが助かった。この点が『東海道四谷怪談 (1959)』とちがいますね。あちらでは新ヨメが伊右衛門に殺されてしまいましたから。

長兵衛は息子の突然死にアワを食ったが、悪人らしく虚勢を張り続ける。警察署長(丹波哲郎)に呼び出され、死因について質問されると「心臓マヒだっつーの」と嘘をつき「署長かなんだか知らないが、このわしを呼びつけるとは無礼千万。いばるな!」と怒り、話が小作人の死亡の件に及ぶと「ヤツラはムシケラ。小作人の1匹や2匹、どうでもいいじゃん」と鬼のような台詞を吐いたが、その直後、死んだ弥助のオバケを目撃し、おったまげた。

この場面の丹波哲郎はなかなかのもんである。怒る長兵衛に対し「主人たるあなたが使用人の命を軽々しく扱っていいとおもっているのか」とかなんとか、毅然とした態度で言い返していた。さすが『Gメン75』の親分である。

長兵衛は巫女さん(てか、イタコのオバちゃん?)を呼んでお祓いをしてもらったが、これをやったら、ヘビがにょろにょろ出てきて、オバケがジャジャーン。

弥助のオバケが「だんなさま〜、土を噛んでも、借金をお返ししますだ〜」なんていいやがるんで、狂った長兵衛は日本刀を振り回す。ふと足元を見ると、死んだはずの弥助の女房、すえが陰気に佇んでいるではないか。うりゃあと切り払ったら、それは自分の妻の政江であった。冷血妻、政江、死亡。

ひとりぼっちの長兵衛は亡霊たちを相手にすったもんだし、ギャーギャーわめいて、息子と同じく狂死。

かくしてわるもんは滅びたのであった。

エンディング。

無念に死んでいった貧乏小作人のみなさん、弥助、さえ、あさ、捨松の4名が白装束で霧の中を歩いている。彼らの行く先に極楽浄土のおひさまが昇る。

この4名はやっとこさ成仏できたのであるなという余韻を残しておしまい。

※中川エンディングですなあ。

上のあらすじでは割愛してしまったが、注目の脇役陣として、佐山俊二沢彰謙もよかった。佐山俊二が演じたのは、亀七というお調子キャラのオッチャンである。彼がしゃべるシーンだけはムードが明るくなる。

また、沢彰謙は捨松の父、松五郎を演じた。こちらは、弥助と同じく小作人気質の貧乏男で、どんなに虐げられても「だんなさまああああ」とかしづくのである。こういうひとが画面のはじっこにいると、悲惨さが強調されます。

この映画の記事に戻る↓